タバケイ

first

 最初は、多分、横顔だった。
 俺が最初に、彼に〝惹かれた〟と感じたのは。
 ひねくれた緑の髪の子と、おどおどした黒い髪の子と、三人でいるときの彼が、それまで俺が持っていた印象よりもぐっと幼く見えたのだ。
 いつも微笑みを絶やさないし、常に物腰は柔らかい。けれどもそれは、彼が趣味としているというマジック、その演じ手が、観客の前で貼り付けている、ショウのための仮面のようだった。
 嫌いなわけじゃなかった。たとえ腹の底で何を考えていたとしても、他者の前で朗らかに振る舞えるというのは大人の対応だと思ったし、彼の物言いの端々からは彼が何らかのコンプレックスを抱えていることが窺われたけれども、〝あの〟二人の言動と引き比べてみれば彼の方は随分とそのコントロールが上手いように思われた。
 そう、俺はただ、彼という人はそういうやつなんだな、と思っていたのだ。
 ただ単純に、彼の性質はそういうものらしいと、それ以上は気に留めることもなく、なんとなく判断していただけだったのだ。
 だから。
 彼があの子たちといるときに、あの子たちを見るときに、あの子たちについて話すときに、見違えたかと思うほどに表情を変えるのだということを知ったとき、俺は本当に大きな衝撃を受けたのだ。大袈裟じゃない、それはまるで、雷に撃たれたかのような。
 あのとき、俺はぽかんとして、彼の顔を不躾にも凝視してしまっていた。
 彼の目は、俺ではなく、食堂の窓から裏庭へ向けられている。ひねくれているけれども子鹿のように軽やかで伸びやかな子と、おどおどと猫のように背中を丸めながらたしかに目を見啓いている子、本来は狩猟銃なのだという彼は、かの子らをけして傷付けるべくもない、限りなくささやかで、どこまでも穏やかなまなざしを送っていた。
 そのときの笑みは、〝仮面〟である筈もなかった。そのとき彼には、〝観客〟など存在していなかったのだと思う。誰に繕うこともなく、ただ彼自身があの子たちを見つめるためだけに、彼はそこにいた。誰に見せるためでもなく、ただ彼自身があの子たちを心底から愛おしんだがために……彼は、笑んでいた。
 ――最初だった。
 吊り目がちの眦が柔らかそうに色付いて、睫毛は金粉を吹いたように光を弾いて、アッシュグリーンの瞳は愚直なほどひたむきに、ゆるんだ、くちびるは、甘く。
 彼の〝仮面の裏〟が、こんなに幼げなものだったのだということ。こんなに柔らかそうなものだったのだということ。こんなに、壊れそうにきらきらして、崩れそうにあたたかくて、儚げなほどに、優しいのだ、ということ。
 それを俺は知ってしまった。そのときの横顔で、知ってしまったのだ。
 そして、知った、俺は……、どういうわけだか、……。
 ……もっと、見たいと思ってしまったのだ。
 彼の、幼い、やわらかな笑顔を。

「……よう、ケイン」
「タバティエールさん」
 コーヒーブレイクに赴くと、食堂にはかの人が座っていた。窓際の席。あのときの席。……もっとも、彼は覚えちゃいないだろう。
 彼の手許には、ティーセット。
 紅茶のカップを唇から離し、優美な仕草で振り向いた彼は、俺の姿を真正面から認めて、微笑んだ。

 ……〝観客〟のための、〝仮面〟の顔で。

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