……こんなふうに触れるのは、久し振りだな。
零れ落ちた言葉に、奴は頷いた。
広くもない畳へ直に背を付けているのは、――奴に伸し掛かられた状態でそれをよしとしているのは、一体何故なのか。
碧緑の瞳がこちらを見る。躊躇いがちに、真っ直ぐに見る。
その瞳から本当は、目を離したくないけれども、これ以上なく逃げ出したくもあった。
奴は黙ったまま、遠慮がちに、布の下の素肌へ手を触れた。その瞬間ぞくりと走るのは、一体何故なのか、決して悪寒ではないのだ。
「その、……平気か」
「何がだ」
「……久し振り、だが……」
「……ん」
ぎこちない気遣いに面映さを感じたことなど悟られぬよう、私は短く……短いがゆえ恐らく無愛想に、ただそう返して、目を伏せた。
久し振りだなと、奴が言ったことに思わずたじろいだ。
それは勿論、過去のそういった文脈を踏まえての……今のこの、状況、というか、自分の行動――なのだが。
こんなふうに穏やかに、目を細めるようにして囁かれるとは思ってもみなかった。願っても無い、と言ってもいい。己の浅ましさを隠さぬのならば。
紫水晶のような、澄んでどこまでも美しい瞳を見つめる。
本当に久し振りに、こんなふうに穏やかな視線を交わせた気がした。
「……その、……平気か」
「何がだ」
「……久し振り、だが……」
或いは怒られるかもしれないとは思ったが、かといって訊かぬわけにもいかない。言葉を濁し、暗に伝えるように彼の肌をそろそろと撫でると、桃色の唇がふう、と細く息を吐いた。
「……ん」
返ってきたのは、ごく短い音。
だが。
「……!」
俺が息を詰めたのは、彼のその声の柔らかさと――彼が、俺の背へ回した両腕へ、まるで抱き寄せるように力を掛けたがゆえだった。