「幸せになれよ」
よく陽の当たる縁側で、畏れ多くもお隣に坐すことをお許しいただいていると思ったら。
不意にそんな言葉が聞こえて、同時にぱふりと、頭にあたたかな衝撃を受けた。
「……は……、……え? ……あの……?」
「お前らはさ、」
地蔵菩薩様が言葉を継がれる。どうやら、彼の手が私の頭を撫でている。状況はそこまで把握できたが、その意味にまでは到底理解が及ばない。私は四肢を固まらせたまま彼の言葉を待った。
「――擬態が子どもだし、めんどくせぇし、だからそんなふうに思うこともある……めんどくせぇが」
何やら今日は一段と、一言の中に「めんどくせぇ」を多用されている気がする。もっとも、彼のその口癖の裏には必ず彼の優しさが付随していることを、この寺の者は皆知っている。私も、彼の声を聴きながら、なんとなく耳の後ろあたりが擽ったくなってきた。
「〝お前ら〟……? とは、私達のことですか?」
「そうだ。お前と、帝釈天」
地蔵菩薩様の目はこちらを見ない。陽溜まりへ気怠げに腰を下ろしたまま、ただその左手だけが、優しく、優しく、私の頭を撫で続ける。
「それは……、それは、地蔵菩薩様が、現世の子供の守護神であられるからですか」
「そうなのかもなぁ」
無骨な温もり。これを今、私は〝子ども〟として与えられているのか。
「若いことは悪いことじゃねぇよ。お前ら、現世に来たばっかだし……頑張ってるし」
えらいえらい、と口の中で含むように呟いて、地蔵菩薩様は私の頭を柔らかく叩くように撫でてくださった。帝釈天と同列に〝幼い〟と評されたことには些かならぬ屈辱を感じたものの、それを口になさったのが地蔵菩薩様だというだけで、なぜだかそれも、疲れた身体に沁みる甘味のように、じんわりと優しく胸の内へ染み込んでくる。
「……めんどくせぇこと言ったな。わりぃ」
「いえ、そんな――!」
「ま、子どもだのなんだのは抜きにして、現世について分からんことがありゃあ今までどおり訊けよ」
目が合う。地蔵菩薩様の強く鋭い目許が、優しく緩んでいた。
「お前らを連れて街を歩くのは――まぁ大層めんどくせぇことじゃあるが、悪いもんでもねぇからな」
なぁ、帝釈天、と不意に地蔵菩薩様が後方へ声を投げた。
慌てて振り向くと、名を呼ばれたとおりの彼が、廊下の陰で固まっているではないか。
「帝釈天……⁉ き、貴様、いつからそこに」
「……会話の中に俺の名が出てきたのが、通りすがりに聞こえた」
「……み……見ていたのか……?」
「……お前が童のように頭を撫でられていたところをか?」
「貴様‼」
ふたりきりのところ地蔵菩薩様の慈悲深い手へ心身を委ねていたことに何の羞(はじ)もあろう筈はないが、それを他者に、ましてやこいつに目撃されていたとなれば話は別だ。
顔に上る熱を抑えられず、反論の言葉も咄嗟に出ないほど一気に混乱した私の頭の横を、地蔵菩薩様の気怠げな声が渡る。
促され、彼の右隣へ坐らされた帝釈天の、相変わらず無愛想に皺の寄った眉間、その上の固そうな額。
その上の、硬い髪の毛が厚く流れるそこを。
「な、……は……っ? あ、あの……!」
面白いくらいに動転した帝釈天の声が、縁側に響く。
胸のすく、それでいてひどく満ち足りたような思いでその様を眺める私の隣―地蔵菩薩様の無骨な右手が、慈愛を隠せない眼差しが、柔らかく、柔らかく、奴の頭を撫でていらっしゃるのだった。
麗らかな陽溜まりに、ちよちよと庭木に遊ぶ鳥の声が届いている。