「よう」
声の方を振り向くと、気さくな笑みが俺へ向けられていた。
「おかえり、帝釈天」
「地蔵菩薩様。ただ今帰参しました」
「うむ。浄化作業ご苦労」
やや冗談めかした言い回しで労いの言葉を賜る。
本堂の方からわざわざ歩を進めて来られるので、何か俺に用がおありなのだろうか。
「そうそう、お前に伝言だ」
「は」
「梵天は文殊や観音と一緒に買い出し中。よって心配は要らんとのことだ」
「……は?」
どう頭を回してもそのお言葉の意味が掴めず、愈々訊き返してしまう。
地蔵菩薩様は軽く笑い声を上げた後、目を細めて、噛み砕くような声で柔らかくお話しくださった。
「梵天が、帝釈天にそう伝えてくれと」
「梵天が? ……なぜ」
「言葉のとおりだ。〝帝釈天が心配するから〟、だとさ」
「……俺が?」
噛んで含めるように説明されても、不甲斐ないことに全く理解ができない。しかしこの場合非があるとすればそれは無論地蔵菩薩様にではなく、突然不可解な行動をとった梵天にであるのは間違いなかろうが。
「俺が、梵天を心配するから……? そう言って、あいつは地蔵菩薩様にわざわざ言伝を?」
「ああ。お前が帰って来て、今朝まで寺にいた自分が突然いなくなってたら狼狽えるだろうから、ってな」
「……?」
突然なのは間違いなくその行動の方だ。俺が今狼狽えているのは、寧ろこの突拍子も無い伝言の所為である。
「なぜ、突然そのようなことを……。今まであいつが、そんな言伝をどなたかに託したことも、ましてや俺に直接伝えてきたことも、一度たりともなかったのに」
煩悩退治の際には感じなかったほどの疲労が、この期に及んで酔いのように頭を回り始める。どうしようもなく、素直に首を捻っていると、地蔵菩薩様がまた気怠げに柔らかく笑った。
「けど、梵天がいないと心配するだろ、お前」
「……いや……ええ、まあ」
何の含みもあろう筈のない言葉に、俺は戸惑いつつも躊躇うことはなく答える。
「結局戦闘になるようなことがあれば、あいつは俺がいてやらないと駄目なので」
「はっは。そうだな」
「ええ」
あいつは総合的には非常に強いが、武の面だけをとって比べれば勝るのは圧倒的に俺の方だ。ふたり組んで浄化作業に当たるときでも、煩悩へ実際に刃を入れるのは専ら俺の役割である。
「でも……お前が全力で雷を振るえるのも、あいつの結界があってこそだもんな」
「それは勿論です」
持ちつ持たれつだ、と笑む地蔵菩薩様に、俺も間髪を入れず頷いた。
「結界を張り続けるにも、相当な集中力と気力とが要ります。その分の力を全て戦闘に注ぎ込めるのは大きい」
俺が浄化に手間取れば、鈍間だの何だのと詰られはする。それは実際、その間ずっと気力を削って結界を張り続けなければならない側からすればある程度出てきて当然の不平だろうに、梵天はその集中力を保ったまま、同時に俺の援護まで綺麗に熟してみせるのだ。
「あいつとは動きやすいですし。何だかんだで、……馬は合わないが、息は合う、のかも知れない」
何となく腑に落ちたような気がしてから、はたと気が付いて顔を上げた。やたらと自分が喋ってしまったが、そういえば何の話だっただろうか。
「すみません。喋りすぎました」
「いや、んなこたぁないさ。それに、梵天の伝言が全く的外れじゃねぇってことも、今のお前の話を聞いて、よく分かったしな」
そうだ、妙な伝言について聞いていたのだった。
「自分には……あいつの意図が、まだよく分からないのですが」
「おう。俺にも分からん」
「……⁇」
尚も首を傾げるしかない俺に、地蔵菩薩様は優しい眼差しをして仰った。
「冗談なのか本気なのかは分からんが……親しみを籠めた言伝なのは確かだろ。適度に甘えてるんだよ、あいつも、お前があいつに対してそうしてるのと同じようにさ」
突き刺して、茶化して
