二大護法善神

淡い間で

「コンビニに来たから……」

 言葉が続かないので気になって振り向くと、じ、と見詰められていて大いにたじろいだ。
「な、何だ……?」
「……いいコンビに。……なれると、阿弥陀如来様は仰ったのだろう」
 表情を変えずに、一瞬も目を逸らすことなく、じ……と。
 大きな翠眼が睨んでくる。
 いや、怖い。何だ。
「……聞こえていたのか。あの時の私の話」
「返事はしたと思うが」
「そうだったな。あの最低な返事」
「……〝その節はすまなかった〟。これでいいか」
「最後に一言多い。絶交だ」
 淡々と睨み合って言葉を交わす。私の一言の後に、初めて少し、帝釈天は視線を逸らした。
 ……ちらり、と上目遣いに視線が戻ってくる。
「……本気にしたか?」
「……いいや」
 否定しながらも明らかに安心したようにその目許が弛んでいる。……ばかだなあ、と思う。
「ちゃんと聞いていたのなら、覚えていないのか。あれは駄洒落の話だ」
「ああ。それは分かってる」
 イートインのスツールでスイーツを突っついている。こいつは、脚を組むような座り方はしなかった。
「……なれないの、だろうか」
「……何だ。誰と」
「ここはどこだ?」
 甘味を食べる手が止まりがちになるのは本当に珍しいことだと思う。
 帝釈天は。溶けるように半端に頽れかけたパフェを片手に、クリームの残ったスプーンを、もう片手に、
「……コンビニ」
 隣に座る私の目を見て問うてくるから、私も、食べることよりもぎこちなく答えることの方を優先させてやらなければならない。
 散々だ。
 心臓がどくどくと鈍い音を立てて脈を急く。
「ここで俺の隣にいるのは」
「……」
「今、俺が問い掛けているのは」
「……」
「今、俺が目を見ているのは」
「……」
「誰だ?」
 売られたものは買ってやるとばかり、私も、奴を睨め返した。なんだその瞳、いやに艶々して、綺麗な翆色、高く売れそうだ。ああ買ってやるとも。
 きつく、きつく、刺しながら。
「知るか、そんなの」
 私は答えた。
「……」
「……」
「…………」
 眼前にふらりと黒いポニーテールが揺れる。
「………………振られた」
 背を向けた帝釈天は、ぼそりとそう言って。
「……ははははは!」
 私は堪えきれずに噴き出した。
「あははっ……はは、……っふ、……ひぃ……」
「……笑いすぎだ」
 いとも簡単にこちらへ向き直った帝釈天は、分かりやすく拗ねた顔で、カウンターテーブルへぺたりと片頬を付け、私を見上げた。
「ひどい男だな、お前は。なあ、梵天」
「ふふふっ……」
「……まだ笑うのか」
 勘弁してくれ、とか何とか独りごちながら、帝釈天はテーブルへこつこつと額を打ち付けている。
「ふふ……。……帝釈天。なあ、たいしゃくてん」
「何だ、梵天」
「うん」
「……うん?」
 頬杖を突いて覗き込むように見詰めていれば、まだカウンターへこめかみをつけたままの帝釈天はきょときょとと瞬いた。
「私からもクイズを出すぞ」
「……クイズ」
「答えを出すのはきっと簡単な一問だ。このたった一問に言葉で答えられたなら、私はお前と、いいコンビになってやる」
 帝釈天の瞳が、静かに見開く。
 がばりと上体を起こすのを、挑戦の意志ととる。
 私は。私は、弾みそうになる声を抑えて。できるだけ、厳かに問うのだ。
「では――問題。
 お前がいいコンビになりたいと思っている相手の名前を答えよ。帝釈天?」
「………………クソッ」
 身も蓋もない悪態を吐き捨てる。
「……」
 ……ああ。
「…………ふ」
 もうだめだ。
「……ふふふふふ‼」
 私は楽しくて仕方がない!
「卑怯だぞ、梵天!」
「ふふふっ……何がだ。
 私にばかり言わせようとするお前の方がよっぽど卑怯だ。狡いし、ひどい」
「そ、……れ、は。……」
「……帝釈天」
 私は、見詰めた。
 動揺でまごつく彼の瞳を見詰めた。きらきらと、内心の漣に合わせてか、微細に移ろうその色を。その色々な緑の中に、ふと、私のこの紫色でも紛れ込みはしないものだろうか。そんな益体も無い思索にともすれば耽って浮き上がれなくなってしまいそうなほどに、認めてしまうのならば、今、私は確かに絡め取られている。
「お前の口から、聞きたいんだ。
 お前が私の声を求めてくれるように、私も、お前の言葉を求めたい。求めたい。――求めることを、許されたい」
 彼の唇が、薄く開き、また噤む。
 私の心臓は。
 その様にとくとくと。とくり、とくりと。軽やかな音を立てて、跳ね始めるのだ。
「…………梵天、……」
「――……帝釈天」
 彼は、水面ぎりぎりで酸素を探して喘ぐ生き物のような、息ともつかぬ息を繰り返す。
 ああ、待つよ。
「ぼ、……梵天、」
「……うん。帝釈天」
 お前が、本気で応えようとしてくれていることが分かるから。
 ずっと、どれだけでも、お前の足掻きを見詰めて待つから。

「――梵天! 俺は、俺は、……俺は、」

 お前の声で、私を結んでくれ。

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