帝梵

無限、瞬間、時の中を歩くこと

 阿修羅を引き留めなかった。梵天を見送った。
 それは二人のそれぞれ行く道を邪魔したくないから。そういう理由もあるにはあった。
 だが、最たる理由は俺自身のためだ。
 俺自身の、漸く掴めそうな〝信念〟のためだ。

 俺は今まで、誰かと共に歩んできた。
 いや、誰かの行かんとする道を、その傍をついて歩いた。
 阿修羅に。釈迦如来様に。そして、梵天に。

 ――一人で歩いてみよう、と思ったんだ。

 これからは。
 今、ならば。
 俺の信じた朋たちが、俺を信じてくれたから。殴り飛ばしてくれたから。お前は何者だと吐きつけられる毎に、俺は何だと自身に問うようになっていた。
 その答えを、ずっとずっと、探してきた。
 俺は馬鹿なので。漸くその答えを。
 その手応えを、掴めそうな気がしているんだ。

「――お前も来ないか。天界に」

 そんなふうに誘われるとは思ってもみなかったが、一瞬の後得心した。梵天はそういうところがある。面倒見がいいというか、根が優しいので、〝新参者〟で〝バカ〟な俺のことを何やかやと甘やかす癖がついているのだ。

 そう、思ったのだが。

「私も……お前がいてくれたら、心強い」

 続く言葉に思わず逡巡した。伏し目がちな表情は俺を試したりだとか、俺を気遣ったりだとか、そういうものの表出ではあり得なかった。
 それは、言うなれば、梵天自身の〝欲〟だった。

「……いや。俺はここに残る」

 見間違いではなかったと、思う。
 俺が誘いを断ったとき、梵天が一瞬、寂しそうに俯いたのは。
 彼も彼で。新たな答えを探り当てていたのだなと、俺はそのときに一番強く感じた。

 ずっとずっと、俺などの目から見れば本当は眩すぎるほどに、強く、曲がらぬ道へ一人立って折れなかった彼の。
 こんなふうにやわい部分を外気に晒すようにして、今、そっと見せられた〝甘え〟に。

 そこに何よりも、俺は彼なりの新たな〝答え〟を見たのだ。

「――じゃあな」
「ああ――」

 俺たちは鏡のように向き合い、見詰め合っていた。
 俺の姿を映してそんなふうに穏やかに笑ってくれるお前と。
 そんなお前を映して、こんなに晴れやかに笑えた俺と。

 ――よかった、と、そう強く思った。

 これからは一人で。立ってみようと思う。
 立っていられる。そんな気がしたから。
 今、ならば。

 次に会うときに、やっぱり私が、俺が、いてやらなければだめだななんて、あいつらに笑われないように。
 そう、思えば。

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