「無理に歩み寄る必要はない」
そう言った、ものの。
俺は一瞬後、物凄く嫌になった。
――共にいれば、いずれそれが普通になる――。
阿修羅にそう教えたのは、何故ならば俺自身の場合がそうであったからだ。
最初は梵天との会話なんてあろう筈もなかった。俺は言ってしまえば目に映る全てのものに負い目を感じていたし、梵天は梵天で俺や阿修羅を話の通じる種族だとは思っていなかったのだ。
そんな相手が、今ではかけがえのない相棒であり朋となった。俺は勿論そう思っているし、梵天の方でもまた俺のことをそう思ってくれているということは、今の俺にとっては疑いようもない。
それは、確かに俺たちの間にある事実だ。
……しかし、だからといって。
阿修羅を諭し、彼と別れ一人になって、俺はふと物凄い〝嫌さ〟が己の腹の底から湧き上がってくるのを感じた。
抑えられない。
一瞬でそう思った。
――抑えられない、〝嫌〟が、嫌だ、嫌だ、……嫌だというただそれだけの感情、端的な分物凄い濃度の煩悩が、抑えられない。ぼこぼこと泡を立てるように黒く湧いて止まらず、しかしそんな中でふと梵天の姿が思い浮かぶ。彼が今ここにいてくれたなら、こんなに醜い感情でさえもきっと肯定し受け入れてくれるに違いないのだと、考えるよりも先に思ってしまって、そんな自分を遅れて見つけて俺は流石にぞっとした。
「……ち、え……智恵、を。……」
俺は一人呻いた。
朋に対する侮辱や裏切りは幾ら俺でも御免だ。他の誰に赦されることがあったとしても自分が自分を許さない。最も忌むべき身勝手な妄想を押さえつけて、俺はその奥、腹の底から、煮えるように湧き出して止まない感情の姿を再びどうにか見つめた。
黒さの奥。泡の弾ける膜の、薄く透いたその裏。
――阿修羅と梵天の場合が、そのようであってほしくない。
俺たちのこの関係が、ただ単に時の流れによって構築されたのだと思いたくはない。
人と人とが共にあれば、それが誰であれどのような想いであれ、自ずとそのような形に落ち着いてゆくものなのだとは。
俺たちがそれぞれどうあっても、互いにどのような想いを向け合っていても、過去にどう考えどう行動し、努力し迷い裏切り助けるにつけてたとえどんな選択をしていたとしても、時さえ流れれば、必然に、今の正にこの俺たちの関係に落ち着いていたのだ、などとは。
誰かに言われたいわけがない。
そんなことを、自分で認めたいわけがない。
もしも。
二人が共に、ただ、時を過ごして。
そうすることで阿修羅と梵天が、今の俺と梵天のような、そんな関係に、本当になれてしまったと、したら。
……嫌だ。
水に落ちた墨の色が腹の底で煮える。
抑えられない〝嫌〟が、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……――。
「――……普賢、菩薩様……、文殊菩薩様…………」
煩悩には悟りを。
感情には智恵を。
俺は、朦朧としたような意識の中、本能のように救いを求めて、青い髪色を標に、一人ふらふらと歩き出した。