くちゅ、と一際大きな音を立てて、唇が離れる。
大きく息を吸い込んで、けれども生きた心地がしない。呼吸ができていないからだ、と思う。
開いていたのかよく分からない目蓋を必死で持ち上げる。煮溶けた視界の中でも、綺麗でだいすきな眼光はよく見えた。
「っ……ぅ、は、ぁ、」
「ぅあ……ふ……」
どっちの息なのか、吸っているのか吐いているのか、ただの呻き声なのか、そもそも息をしているのか、よく分からない。わからない。ただ、なまえがぐるぐるしている。頭のなかを。じぶんの存在はもうよく分からないけれども、相手のことはとてもいっぱいに感じていた。
いき。息を。
熱いゆびがほほをぬぐう。優しいのに、えぐりとるような、食らいつくような深さと執着の……。
ぶわあ、と頭のてっぺんの痺れが強くなった。
やっとここまで。ここまでになった。ここまで、きた。
きたんだ……。
やっと。
呼んで。
「……ね、ぇ」
キセルが、ごつん、とひたいを押し当ててくる。まえがみがぐしゃぐしゃにからまり合う。
「ね、……だい、じょ、ぅぶ?」
「……ぅあ……」
大丈夫。僕は大丈夫だよ。君が心配してるようなことは、なにもないんだ。でも。
ただ、いきが。
「や、だ……」
ぐずった瞬間、彼はびくりと、震えた。
「……っあ、ご、ごめ、」
「ぃや、やだ、ねぇ、もっと、もっと、やめない、で」
必死に言葉を出した。縋りついた。たぶん、首。ぎゅって。あつい。うなじの皮膚が。
やわらかくて、かたくて、あつくて、……いとしい。たべたい。
「いき、できない、よ……。きす、して、いき、させて」
こくりと、ほんとうに優しく、彼ののどが鳴った。かなしい息を吐いた。
「……かとらりー、くん」
「う……?」
「あ、の……い、いいの……? あの、ほ、ほんとうに、俺、なんか、で……」
やっと。
やっとここまで。こんなに、こんなに、触れてくれるところまで、これた。
これたのに。そんなこともう言ってないで、はやくたすけて。
たすけてよ。
「……きせる……」
「はっ、はい……っ」
「ずっとまってた。もう待てないよ。キセル、僕のこと、きみにぜんぶあげてもいいから、もう、ぼくのこと、はなさないで。ぜったいだよ。ぜったい……おねがい」
舌がもつれて、思考に靄がかかって、とんでもない言葉にしかならない。きらわれちゃうのかもしれない、と、遅れて感じるには感じた。でも、いまはそんなことすら、はっきり言ってどうだっていいんだ。息をしなくちゃ、ほんとにしんでしまうのだから。
「……お、おれ……」
「きせる、はやく、……きみとじゃないと、息、できない」
ぶるりとキセルのゆびが戦慄いた。
頬を揉むように撫でられる。片腕で背を穿つように掻き抱かれる。
掠れたこえが。
ほんとうにさいご。確かめるように、僕の耳だけに注がれた。
「おれ……それ、真に受けたい、よ」
「信じてよ。もう、まてないって、言った」
もういちどキスをするまえに、しっかりと、律儀に頷いてくれたのが、ちゃんと分かった。
ベッドと恋人とのぬくい間に挟まれて、世界にそれしかないみたいになる。
きみの吐息でいきをする。ぼくの吐息で食事して。
いきをくりかえす。
とろとろ、とけていく。