「カトラリーちゃん、困ったら、いつでも電話してネ」
玄関先でカトラリーの身体をぎゅっと抱きしめて、フルサトが告げた。
「眠っていたら、気づけないかもしれないケド……起きたらすぐにかけ直すから!」
「それなら、端っからメールのほうがいいだろ」
「め、メールは……今、必死に勉強中なの!」
「……」
若干目を泳がせるフルサトを横目に、「俺ならメールも対応してるからな」と売り込んでおく。
「おっさんにはメールしない……」
「そっ、……いや、うん、君が相談しやすい相手なら、誰でもいいから……」
「……本気で傷ついた顔しないでよ。……冗談だから」
カトラリーは、紙袋の取っ手をもぞもぞと握り直した。
「これ……ありがと、フルサトせんせ」
「ウフ、どういたしまして。……キセルちゃん、喜んでくれるといいわね」
屈託なく微笑む。それを向けられたカトラリーは、ぎこちなく眉を下げた。袋の中身は、あの小豆もなかだ。カトラリーが、キセルは羊羹が好物なのだと漏らしたら、なら持って帰って一緒にお食べナサイナとフルサトが幾つか持たせたのだ。
正直、それは余計なお節介なのではないかと、思わなくもない。けれど、カトラリーはキセルと一度きちんと話す必要があるというのも確かだろうと思う。小豆もなかがそのきっかけになりうるかは知らないけれど、カトラリーは食事という行為をとてもだいじにしている子だと自分は知っているから、彼が彼の大切な子と、また穏やかに食事を共にできるようになればいいのになあと、タバティエールは漠然と願ってもいる。
「……さ、こんなとこで長話してたら冷えちまうな。もうお入り、カトラリーくん」
「そうネ。おやすみなさい、カトラリーちゃん」
「う、うん……あの、今日は、ありがとう……ございました。話、聞いてくれて……お茶もご馳走してくれて、こんなとこまで送ってくれて、ありがとう」
照れたように訥々と、けれど丁寧に伝えてくれる。
ほんとうにいい子だ。けれど、自分たちが帰ってしまったら、この子はずっと一人暮らしをているというこのアパートの部屋で、暗いさみしい夜を、相手に渡せない小豆もなかと身体の痛みとを抱えたまま、耐えるように目を閉じて過ごさなくてはいけないのか。
遣る瀬なくて、一晩中テレビ電話を繋いでてやってもいいと、それこそ要らないお節介を口走りたくなる。カトラリーの身体がふるりと震えて、ほんとうに風邪を引かせてしまったりしては元も子もないと我に返った。せめてと、たじろぐカトラリーを促して、彼を部屋に入らせ、内側からしっかりと鍵がかかるのをフルサトと二人で確認してから、ドアの前を離れた。
「タバティエールちゃん、ワタシまで送ってもらっちゃって悪いワネ〜」
「はー……俺の車に三人乗りすることになった時点でもしやとは思ってたけど、やっぱそのつもりだったか」
「ウフフ」
「まあ俺は構わねえけど、アンタはいいのかい? 明日の朝、どうすんだ」
「金チャンに送ってもらうから、ダイジョウブよ」
「さいですか……んじゃ、行きましょうかね、マダム」
「ええ、ヨロシクネ」