タバケイ

ミルクティに哀、落ちて濃い

 彼はどちらかというとコーヒー派で、もっと言えばタバコに魂を預けている。
 だのに今も私の目の前で、嬉しそうに、私の淹れた紅茶を飲む。君の紅茶は最高だなんて嘯く、彼のことが私は内心憎らしい。
 甘いベージュの水面が、そっと思考を吸い出すようだ。柔らかな緑色の髪の毛と、切れ上がった漆黒の眼差しとが、胸裡に揺れる。
 こう考えてみれば不思議なことに、ふたりといつか離れるということをは、私は想定したことがなかった。
 どう近付くか、どう溶け合うか、ということにずっと必死だった気がする。自惚れでなければ、きっとお互いに。
 ふたりは、もう私の一部なのだ。私が今の私という存在に成るために、ふたりの存在が必要だった。出会わなくても、私は私として存在し続けただろう。しかしそれは、過去の私として、だ。今の私は過去の私ではない。過去の私の延長線上に、ふたりというピースを取り込んで形成された、それが今の、私。この私だ。
 だから、ふたりと切り離されるということ、それは即ち私の死なのだ。少なくとも今の私にとっての、死。離れても、私の存在は或いは続くのかもしれない。けれどもそれはもはや、ふたりと切り離されてしまった私、でしかありえない。今の私という存在そのものは、自身を形成するパーツを奪われるゆえに、崩壊するしかない。
 ……ああ、そうか。
 だからなのか。
 ――あなたは、きっと大丈夫だから。
 私は、ふたりがいなければ死んでしまう。けれども、あなたがいなくても、たぶん、生きていける。
 そして、それはあなたも同じ。私がいなくても、当たり前に歩いて行くことができる。
 だからなのだ。
 だから、いつかの別れを意識せずにはいられない。この私が生きている時間の内に、必ず訪れてしまうそれを。あなたの生を微塵も揺るがすことのない私という存在、私を別れによって殺すことはないあなたという存在、その、悲しみを。
 気付いて、すとんと何かが落ちた気がした。肺から喉を通ったそれは、ガラスのようなベージュ色の水面にころりと音もなく落ちる。滑らかな表面。
 綺麗だ。
「――ケイン。なぁ、誰のこと考えてるの」
 私を愛していると五月蝿いその同じ口で、多少冗談めかして、彼が訊いた。
 私は水面から上げた視線を、わざとキッチンカウンターのほうへ投げた。そして彼へ向き直り、意地悪く見えるように微笑む。
 意地悪だなぁ、と彼が答える。彼が笑ってくれたから、私もほっとして笑った。
 キッチンから、作業を終えたふたりが並んで出てくる。
 私は、私のピースが戻って来てくれたこと、そして私たちと食べるためにお菓子を作ってきてくれたことが嬉しくて、椅子から立ち上がってふたりを迎えた。

 ――そんな君だから好きなんだけどね、と聞こえたのは、いつもどおりの戯れ言だと思う。

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