タバ←ホル

Egoistic★Stage!!

 明るく、陽気に。爽やかに。
 それでいて何の気無さげに。
「タバティさん!」
「──ああ、ホールくん」
 声を、掛ける。

 俺は、みんなのスターだから。そうは言ってもやっぱり、マスターは特別なんだけどね──最近俺には、もう一人特別に、〝トクベツかな?〟って感じちゃう相手ができたのさ。
 だけど、そんな気持ちを大声で伝えて、こっちからぐいぐい押してくなんてことは、できないよ。俺はみんなのものだからね。だからこそ、さっきみたいに〝何の気無さげに〟、声を掛ける必要があったってわけ。たとえ俺の口にするのが、どんなに愛しくって、それだけで心臓が飛び跳ねそうになる名前であっても。
「また、町の催し物を手伝ってるんだって? フルサトたちから聞いたよ」
「うん! そうなんだ」
 彼が俺の話を聞こうとしてくれることに、どれだけ胸がトキメいたって、決して浮かれる様子を見せちゃダメだ。
 あくまでもクールに。そう、クールにね……そして、さり気無く。
 あなたに恋をしています! なんて、他でもない俺から、他でもない彼に向けて、あからさまにとることを許される態度ではないんだ。だから俺は、スターな俺と変わらない態度でもって、ひょっとしたらちょっとトクベツかもしれない存在である、彼に相対する。明るく、陽気に、爽やかに。変に浮かれたり、ましてや甘えたりなんてしないように。
「いつもみたいにケインも一緒なんだけど、今回はフルサトさんとクニトモにも力を貸してもらっててさ」
「へえ……イベントではどんなことをするの?」
「ちょっとした朗読劇みたいなものをやる予定だよ。閉館してた町の図書館が復興する記念にね。勿論、まだほんとうに小さな規模での再開になるんだけど──」
「──大きな一歩だな」
「そう!」
 話す内容は、スターな俺の感じたこと、目に見えたもの。勿論、俺はいつだって本物のスターだから、それは俺の心から話したいことそのままの内容なんだけど。
 ……だけど本当は。あなたの前では、それは、少しだけ嘘になってしまうんだ。
「だからさ、町の人たちはすっごく楽しみにしてる。キッズの居場所が増えるってことでもあるしね。職員さんたちも、俺たちも──二週間後の開館に向けて、全力で準備してるとこなんだ」
 タバティさん。俺はね、本当は、あなたの前では、少しだけオフになってみたい。
 ──とはいえ。俺は仕事とプライベートはきっちり分けてるけど、何せ根っからのスターだから、プライベートであれ俺の中のスター性そのものがオフになるってわけじゃない。それに、俺自身そうなることを望んでるってわけでもない。
 だったら、俺の望むオフって一体何なのか。実は、自分でもよく分かってないんだよね。
 ただ、タバティさんの前では、いつもとは少し違う俺でいるっていうことをしてみたいんだ。タバティさんには、いつもの俺じゃない、俺の別の顔をも見ていてほしいって、思う。
 ……その、見ていてほしい自分の〝別の顔〟っていうのが、具体的にどんなものなのか、寧ろあるのかないのかすら、やっぱり俺には分からないんだけどさ。
「そっかそっか」
 タバティさんが笑う。くしゃ、って。いつも飄々とした表情を作っている眉を、すごく柔らかく下げて。目尻も、きゅって皺を寄せながら下がる。焦がしたシュガーみたいな濃い色の睫毛の奥で、マリンブルーの瞳が潤んだみたいに優しく光っていた。
「──がんばってるなあ、ホールくん」
「……!」
 ぽん。
 一瞬、それが何なのか分からなかった。
 それは、あまりにも自分とは縁遠い感覚だったから──そう、誰かから、信頼できる誰かから、優しく頭を撫でられる、なんていうことは。
 直接見ることは勿論できないけど、タバティさんの右腕が、こっちに向かって差し出されていて、それから自分の頭の上に、さっきまではなかった温かい何かが乗っかってることから、俺は状況をそう理解した。どうにかそこまでは理解した、って感じだ。だって、タバティさんがそんなことするのなんて、殆どニコラかノエルにだけだったんだから。そういえば最近は、マルガリータとか、シャルルヴィルとか、一度だけカトラリーにやって、その時は彼からものすごい勢いで振り払われてたのを見たことはあるんだけど。
 でも、だから、けど。
 うう……、俺は、正直混乱しちゃってた。優しい笑顔と、優しい言葉と、優しい声。そして、優しい手。俺、スターなのに、ちょっとくらい頑張ってるのは当たり前なのに、「お疲れさま」って、衒いのないそれらを、全部真っ直ぐに俺に向けてくれてる。そのことが、俺のハートをすっごくドキドキさせたんだ。頭も、なんだか熱くって、ぐるぐるして、ボーッとしちゃって……。
 だから俺、うっかり、ほんとうにうっかり……、
「……タバティ、さん」
 彼のシャツの裾を握ってた。ほんとにうっかりしてた。考える前に動いちゃったから、自分の手が彼に触れてるのを遅れて理解して、やっちゃった、って漸く思ったんだよ。
 タバティさんに優しくされて、頭を撫でられて、こんなふうに返してる奴なんて、俺は見たことない。節度を持って甘やかされたのに、そこへ度を越した甘えをさらに重ねていくなんて。そんなことをするような奴、ここにはいない。タバティさんは、みんなに同じように優しいんだ。だから、俺だけが変なことを──みんなとは違った反応を、返しちゃ、ダメなのに。
「うん?」
 俺に訊き返すタバティさんの声は、いつもどおりに優しかった。それは俺にとってほんの僅かな救いでもあったし、同時に、俺の中のイヤな部分を俺自身に対して明らかにする、後ろめたい光でもあった。
 ……俺が、タバティさんに〝トクベツだ!〟って態度を見せちゃいけないのには、二つ理由があるんだよ。
 一つめは、俺がみんなのスターだから。
 二つめは、タバティさんが、みんなのタバティさんだから。
 仲間の誰に対しても、同じように──相手へ真っ直ぐに目を向けて、衒いのない言葉で臆さずに、褒めたり労ったりする。些細な悩み事も、なんてことのないお喋りも、寄り添うように表情を変えながらずっと聞いていてくれる。タバティさんはみんなをそうやって好きでいて、みんなも、そんなタバティさんを大好きだ。
 だから、みんなにそうするのと同じように俺を愛してくれるタバティさんに、俺だけがみんなと違うリアクションをとって、トクベツなんだよなんて言い募るのは、……ね。おかしいよね。……ううん、おかしくなんてないんだとしても。俺はやっぱり、それは、なんだかイヤなことだって思うし。それに、正直に言うと……なんとなく、ほんのちょっとだけ、そんな俺自身のことを怖く感じるんだ、俺は。
「──あのさ。タバティさん、当日は来れないんだよね。じゃあ、別の日に、俺と図書館デートしない?」
 俺は思い切ってそう言った。精一杯、取り繕った。
 俺よりもちょっと高いところにある瞳を見つめて。彼のシャツを握り締めた情けない格好のまま。マルガリータとかミニエーみたいな愛嬌は出せないと思うし、今更、カトラリーみたいに守ってあげたいような感じにもならないと思う。けど、おどけたシャルルヴィルならもしかすると、こんな仕草で、こんな言い回しをしてみたりはするのかも?
 そんなふうに目紛しく考えながら。俺は必死な思いで、〝俺〟を演出した。裏の意味なんて籠めてしまわないように、その一言を絶対の〝言葉遊び〟として作り上げなくちゃって躍起になった。明るく、陽気に。少しお茶目に。
 ほら、スターにも多少の〝抜け感〟って大事だからさ?
 曇りのない笑顔でおどけて見せる。調子よく、罪の無い程度にふざけたことを、飄々と言ってのける。これだって充分、スターな俺の一面なんだ。
「昔の司書さんたちが必死になって隠しておいてくれた当時の蔵書とかも、結構残ってたんだって。あとは、同じように焚書から守ってきた書籍を、個人が寄贈してくれてたりね──そういった古書を見せてもらってたら、いろんな地域のレシピ本なんかも見つけてさ! 写真もいっぱい載ってて、どれも美味しそうで……タバティさんなら、これ全部作ってくれるかなー、ってね♥」
「あっはは!」
 俺の目をじっと見返して聞いてくれてたタバティさんが、俺がウィンクと一緒に添えた最後の一言に噴き出した。やれやれ、っていうふうにも、ちょっとはにかんでくれてるみたいにも、見えた。みんなからの頼み事を、しょうがねーなあ、って結局聞いてくれるときの、あの笑顔と同じだった。
「なるほどね。相手がこんなおじさんじゃ、君のファンが泣いちゃうんじゃねーかと思ったけど……オーケー。行くか、デート」
 俺は、自分の身体がどっか空高くへ飛んでくんじゃないかって思った。
 それくらい嬉しかった。彼がオーケーをくれたことも勿論だけど……そのときはそれよりも、俺の言葉遊びがちゃんと言葉遊びとして伝わっていたってことが嬉しかった。タバティさんが、俺が本気でデートに誘っただなんて思わずに、それでも〝デートのお誘いへの返事〟として言葉遊びで返してくれたことが、すごく、すごく、嬉しかったんだ。
「ほんと? センキュー★」
 だから俺も、いつもの気軽さで応える。ともすれば、目の前の彼に飛びついて抱きしめたいって跳ね出しそうになる鼓動を、胸の中でぎゅって押さえつけながら。俺が〝トクベツ〟を感じてるって、バレずに済んだんだから、余計なことはしちゃダメだ。お礼を口にしながら、自然な感じで手を離した。タバティさんは、気まぐれで調子のいい俺の言動に、ひょいっと肩を竦めて見せた。
「はいはい、喜んでエスコートさせていただきますよっと……それとも、君がしてくれる?」
 どくん。俺はせっかく大人しくさせたばっかりの心臓を、またびっくりして跳ね上げてしまった。
 〝デート〟っていうたった一言の冗談に、ここまで乗ってくれるなんて思わなかったんだ。しかも、タバティさんは妙に色っぽい表情を使ってくる。目と、楽しそうに上がった口角を見れば、完全にジョークなんだって分かるんだけど。囁くように潜めた声は低くて、〝アルティメットリア銃★〟な俺でさえも、ぐらぐらしてどきどきしてわけが分からなくなるくらい、オトナな色気に満ちていた。
 なんて返したらいいんだろ? 額面どおりの質問に、じゃなくって。この色気たっぷりのジョークにどんな声で答えればいいのか、俺、結構悩んじゃったんだ。まあ、それも時間にすれば一瞬のことだったんだけどさ……だって長いこと黙り込んじゃったりしたら、それこそ俺の想いはバレちゃうかもしれないし、何より彼に心配を掛けちゃうからね。
「勿論、俺に任せて!」
 結局俺は、少しだけ、オフになってみた。
 短い照れ笑いを挟んでから、そう答えたんだ。
 そう。俺は少しだけ甘えたんだ。タバティさんに、ちょっとドキドキしちゃったよってことも、あんまり隠そうとせずに。そんな俺の表情が、そのとき、タバティさんにどう見えたのかは分からない。上手いこと、〝若い子の可愛げ〟とでも映ってくれてたらいいんだけどなあ……。
 タバティさんは、ちょっと驚いたみたいにおっきく目を見開いた。俺、イエヤスやキンベエさんみたいな、何事にも動じない! ってカンジのドッシリ構えた表情も大好きなんだけど……タバティさんの、こっちの言うことに逐一大袈裟だよってくらい動かしてくれる、くるくる変わる表情、すっごく好きなんだ。
 思わずちょっと見惚れてたら、タバティさんは俺の頭にもう一度……たぶん、髪型を崩さないようにって、優しく撫でつけるように、触れてくれた。
 それから、
「分かった」
 よろしくね、って。
 いつもの、飄々とした、でもちょっと照れてるみたいにも聞こえる声で、俺の大好きな優しい顔で、俺のことを真っ直ぐに見て、笑ってくれたんだ。

 ……え? その後の図書館デートはどうなったかって?
 うん、楽しかったよ!
 ……ふふ。俺とタバティさんがどんな時間を過ごしたのか、その話だけは流石のマスターにも内緒♥
 その代わり──俺と君が時々こうやってデートしてるのだって、他のひとには内緒……二人だけの秘密なんだからさ。

 ……なんてね★ はっはっは!

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