だってこんな。
しらないんだ。
「こんなつもりじゃなかったっつーか、……」
混乱する頭を上げて、なんだか茫然としているようなゴーストの顔を見た。なんでそんな顔をしているのかと意識の隅で思って、それで漸くはっとした。
「あっ!? ちがっ……違くて! お前にその、その……こっ……こっ、告ったのは、マジで……マジなんだけどよ……」
たった一週間前の自分の所業を口にするのは未だに慣れず、八九は何度もつっかえながら必死に弁明した。
「……いや、分かったわ。付き合うてみたら思ってたんとちゃうかったってことやろ? まあそんなこともあるて、」
「いや違くて……!」
じゃあこれでさようならとでも続けそうだった声を慌てて遮る。何を言えばいい。どう伝えたらいいんだ? 一週間前までとはまた違った、そしてゴーストに向かう自分の感情が恋に変わった前とも明らかに違う、悩みに掻き回されている。
そうだ、違うのだ。違ったけれど、違うのはそうじゃなくて。
「俺はさ……! 俺は、誰かの彼氏になるっつーのはもっと格好つけれるもんだと思ってた。……つかねーんだなって。だからその、付き合うべくして、格好つけようとして、出会ってねぇからお前とは。元々ただの同僚で……それからまあちょっと、ダチみてぇになって、どっちかっつーと、気の置けない仲ってのはこういうやつなのかもなって思ってたくらいの……だからほんと、格好つけようとしたことがねーんだよ、お前に対して、俺は」
そこで漸く顔を上げてゴーストを見た。上げたと言ってもほんの少し、見たと言ってもやや視界に彼の睫毛が収まるかなってくらいの。それが精一杯だった、八九にとって。長々と言葉を探す間、ずっと視線をうろうろ俯けることしかできなかった八九にとっては。
「だから……〝恋人〟に対して格好つけらんねーってのが、なんか変な感じなんだよ俺の中では。かといって、今更お前に対していい格好しようとすんのも、見栄張ってんのバレバレで却ってダセェし……。……けどよ。それでも〝恋人〟になれんだって、言ってくれたってことなんだよな……」
八九はやがてまじまじと、ゴーストの瞳を見つめた。「俺の駄目元の告白、OKしたってことはよ。少なくともゴーストは、格好つかねー俺でも彼氏としてアリだって、思ってくれたってことなんだもんな」……この辺りになるともはや独り言のように呟いていた。目の前にいる人の、灰色の瞳を見つめながらなかなかに深遠な感慨に耽った。濡れたように深さを増した瞳の色に惹かれた。思わず唇を寄せる、そうしたくなる愛しさがあるということを知ったのは八九の傍にゴーストがいたからだ。
「――こんなつもりじゃなかったけど。ダサくてしょーもねぇ等身大の俺以上に、なんかいいものになれるんじゃねぇかって、馬鹿みてぇな空想してたけど。そんなんじゃなかったな、実際恋人ができるってのは」
「……期待外れか?」
ゴーストが小さく鳴く。そうっと包み込んだ八九の両手の中で、白いほっぺたを薄赤くしていきながら、ゴーストが蚊の鳴くように小さく言った。
「そうじゃねぇよ。まあ、ある意味で現実見えてがっかりしたっちゃそうだけど。……てか、……お前こそ、俺とこんなんになってほんとにいーのかよ。我慢してもいいことねぇぞ」
本当は当然振ってほしくなんかないけど、八九は敢えて冗談めかした素振りで訊ねた。言ってしまってから緊張した。どくっ、どくっと鼓動が、さっきまでの闇雲さとは違う変なリズムで跳ねていた。
「……せやなぁ」
ゴーストが改めて口を開いた。もう蚊の鳴くような声じゃない。いつもの、決して張りはしないし高らかでも凛としてもいないけど穏やかな、景気が悪そうではあるけれどそれだけに自分なんかにはすごく居心地よく聞こえる、そういう声をしていた。
「まあ、ええんちゃう?」
「ええんちゃう? って」
「今更や。八九がワイの前で格好つけられへんいうんも、ワイが八九の前やとなんや我慢が利かへんようになるんも……お互い様やっちゅー話や、まぁ破れ鍋に綴じ蓋で上手うやってこ」
その辺りまで言うと、ゴーストはやにわにこちらの手を振り解いた。
そうしてそのまま流れるようにそっぽを向くと「あ、用事思い出したわぁ」とか言って、なんとそそくさと部屋を出て行こうとするではないか。
「ちょっ……と、待てって!」
ゴースト! と名前を呼ぶと、八九も弾かれたように駆け出すや、ドアノブを回す寸前で震えていたその手首を追い縋るようにしてどうにかこうにか引き留めた。
落としどころ
