「――八九君の話だと、これは、その……」
その声を聞いた途端、ぶあっと顔が熱に染まった。
知られていた。知られていた。知られてしまった。
分かられた。伝わってしまっ、た。
「……ぁ……」
「……、あ、……」
僕の喉からは歪んだ音が出て、十手の方から戸惑ったような声がした。僕の声はそう、あたかも澄んでいるかのような水溜まりを、掻き乱してしまって、実は底に凝っていた泥がいっぱいに舞い上がってしまった泥水みたいな。
正直、分かられると思っていなかった。思っていたならこんなことしなかった。もうちょっとなんかこう、見るからに義理っぽいような贈り物に、したさ。
バレンタインの贈り物なんてものは。
……そういや僕は、現代日本のバレンタインの風習をほかならぬ八九から教わったのだった。そりゃ十手が知っているわけだ。知らない方がおかしい。これは自負でまたある種の惚気だけれど、八九は僕と十手とに、同じくらいに心を許してくれていて、僕も十手も、彼が僕らをそうするのと同じくらいに彼のことを好きでいる。彼と過ごすのは落ち着いて愉しい。
閑話休題、そんなだから、八九が僕に滔々と悶々と訥々と話してくれたことを、十手が同じように彼から聞いていないわけがなかったんだ。
なんでそんな当然のことが頭からすっぽり抜け落ちて。
いや、……いや。
あるいは。己は。敢えてすっぽ抜かしたのだろうか、頭の中から、そのことを。
当然のそんなことに順当に気付いてしまって、それゆえに怖気付いてしまうということを、したくなかったからなのだろうか
「……ぁの」
「――あっ! あ、はは、すまないね……。年甲斐もなく、そんな、君の方がびっくりしてしまうよね。あはは、ごめんな、本当に、申し訳ない……うん、ちゃんと分かっているさ。君は優しくて律儀な子だから……俺の方がいつもお世話になってるってのに、こんな――」
「あの!」
僕が声を張り上げたら、十手はびくっとして姿勢を正す。きれいな目をまんまるにして、「はいっ!」って慌てたみたいに返事をする。
いつものやつ。
いつもの、って言えるくらいに重ねてきた。
「合ってる! 最初に思ったので、合ってる!」
「は、……はい……。……? ……えぇと……」
「だから!」
「は、はい!」
きっとそれ以上背筋を伸ばしたって、今度は海老反りになってくばっかなんだけれど。十手はびっくりしたみたいに、焦れた僕の一言一言に一々反応する。
もうそれでいい。それでいいから。
そのまま、聴いていて。
「好きです! あなたが好きです! 本当に好きです! ものすご――く嫌でない限りyesで返事して! 僕と恋人になって!」
「はっ――はい!!」
* * *
本当は、どうなりたいわけじゃなかった。
伝えてしまいたくて、拒絶されずに受け取られたくて、僕の方に気持ちがあるということを否定せずに認めてほしくて、それだけで。
けれど。
バレンタインの贈り物の〝意味〟を想像してくれた彼の、聞いたことないような上擦った声と。
勢いに流されたみたいに〝yes〟を叫んだあとで、じわじわ優しい桃色に染まってくほっぺたと。
そういった表情たちがほんとうにほんとのyesを僕に伝えてくれたような気がしていたから、そう、ほら、十手がそう言うなら。ほかならぬ十手がそこまで言う、……言ってくれるのなら、さ。
あなたにぼくを恋人と思ってほしい。
……かもしれない、から。
吾はよくば好きあらば
