「てーいっ!」
「痛ってえええ!!」
座禅を組んだケンタッキーが、こっちを気遣って何か言葉を掛けてくれるごとに、警策を構えた十手からしばかれている。
結構な音がしている。十手の注意は専ら目立つケンタッキーの方に向いているぽくて、マスターのことは叩かせねえからなと言ってくれたケンタッキーの言葉どおりに、図らずもなっている形だった。
「……っつーか! おい十手!」
ケンタッキーがついに我慢ならないというように、わああっと身を起こした。ばねみたいに立ち上がり、背後に立っていた十手の方へぐるんと振り向く。
ああこら集中だぞ、となおも呑気な声で窘めようとする十手の目を見据え、ケンタッキーは真正面から彼に声を突き付けた。
「雑念雑念って! さっきから俺の言うこと為すこと全部〝雑念〟にしやがるお前の方こそ雑念だらけなんじゃねーのか!?」
と。
そこそこの剣幕で告げられた、思わぬ言葉に、胡座を掻いたまま彼を見上げていた自分は固より勿論告げられた十手自身も、ぽかんとした。
しかしケンタッキーは大真面目に、その意志の強そうな眦を吊り上げて、なおも目を爛々と燃やしているのだ。
「お前が! マスターのこと〝雑念〟だらけの目で見てっから! 俺が手を握ったのも気に食わなくて俺がマスターを庇おうとすんのも気に食わなくて、俺がマスターに喋り掛けんのも面白くねーって感じてるだけなんじゃねーのかよっ!? お前が雑念だらけなのは勝手だけど!! それを俺の所為にしやがって勝手に当たり散らしてくるなぁーっ!! あとマスターに迷惑掛けんな!」
言い終えたケンタッキーは暫く、口をみゅっと噤んで十手の目を見据えていた。それは睨み付けているというよりも、相手からの反応、返事、或いはおそらく申し開きのようなものを待っているようだった。
けれども、驚いたように目をまんまるくしたままの十手がついに何も言えなかったので、彼は「……ふん!」とひとつだけ鼻を鳴らすと、きっぱりと視線を外してしまった。そうして、地面に座り込んでいる自分へと流れるように視線を向けて、
「すんません、俺ここで失礼しますね、マスター!」
と、目許の表情をうんと柔らかくした。
「十手のヤローと、一回よく話し合ってみてください。もし何か困ったりこいつに困らされたりしたら、自分、いつでも相談乗りますんで! あっ、メイソーも、落ち着いたらまたやりましょーね! 今日は付き合ってくださって、マジありがとうございました! んじゃ、失礼しまっす!」
にかっ、ときらきらした笑顔を見せて、ケンタッキーは爽やかに走り去っていった。
茫然とその背を見送り、見送りきってしまってから、自分は漸く、殆ど手持ち無沙汰な気持ちで十手を見上げた。――見上げてしまわなければよかった、とすぐに思った。
十手の顔は、茹で上げたように耳から首許まで真っ赤だった。
自分と同じように茫然としていたその目が、不意に、狼狽えたように歪んで俯く。
事故のように目が合ってしまってから、十手ははっと気まずげな顔をしたけれど、こっちとしては何ともそれどころじゃなかった。
その目に今、恋をしてしまったような気がして。
……いいや、違う。恋に今になって気付いただけだという気がした。自分はずっと、十手の瞳に惹かれて、十手の瞳に胸苦しくなるような想いがしていたのは、それはずっと恋だったのだ、と。或いは今この、瞬間に、それらを〝恋〟と名付ける用意が整ったのだと。
そういう気がして。
「……ま、マスター……」
「……話そう、十手」
「あ、……いや……」
「話したい。それに、……聞かせて。十手」