ミハヨハ

恋じゃなくても

 変だな、と気付いたのは、ごく最近の話だ。
 ヨハンと過ごしていると落ち着かないような気分になることが増えた。彼と目を合わせて話をしていると、不意に胸が締め付けられるように軋むことがある。彼の姿を遠目に見掛けると、ぐっとそちらへ意識が吸い寄せられたようになって目が離せなくなる。
 かわいい、と思う。自分に笑い掛けるヨハンを見てそんなふうに思うなんて、非常に今更なことだった。
 最初は、立派な騎士だと思っていて、その次に、愛嬌というのか可愛いところが案外たくさんあるのを知って、今では、そのどちらもヨハンなのだと分かったうえで、より様々な面をも知っている。いろいろな経験を共にしたし、そんな彼のことをミハイルは、大切な家族のように近しくて特別な相手だと思っている。
 だから戸惑うのだ。
 確かに、ひたむきな彼を見ていると何かと手を貸してやりたくなるのは昔からのことだが、それにしたって、彼がいつまでも歳の離れた弟のように護ってやらなければならないようなやつでもないのもまた、昔からのことだった。
 それに、彼と過ごしていると深く安らぐような心地を覚えるようになってとっくに久しい。楽しくて心が重力を忘れるような感覚を味わうことはあれど、今更、何かを急くような、切羽詰まって手を伸ばしたくなるような、衝動的とも呼べるようなこんな気持ちになるなんて、よく分からなかった。
 ミハイルは、ヨハンに対してのみ顕れてくる、己の心の細波のことが分からなかった。
 彼は少しの間、一人で悩んだ。別に分からなくてもいいのではないかとも思っていたが、ミハイルの戸惑いは、彼自身が予期していたよりもあからさまに態度に出てしまっていたらしかった。
 ある日、当のヨハンからぎこちなく「……私が何かしてしまったんでしょうか?」と訊かれて、それでミハイルはこれではいけないと思ったのだ。
 なんでもない、お前は悪くないと返したが、ヨハンは思いのほか食い下がってきた。遠慮しないで、私が気付いていないことなら寧ろ言ってくださいと懇願するように言われて困った。彼のその行為は、彼自身の他者全般に対する誠実さと、それからミハイル個人に対する真っ直ぐな愛情の発露だと分かっていたから、却って言葉に詰まった。
「……なんでもないと言ったのは嘘、だが、お前に原因があるわけじゃない。……俺自身の問題なんだ」
 なんとかそう言うと、
「……そう、ですか」
 とヨハンは、少し安心したような、とても淋しいような声で答えた。
「……言いにくいことも、あるでしょうけれど。あの……私でよかったら、頼ってください。一緒に考えることもできますし、ミハイルが一人じゃできないことなら私も一緒にやってみますし、そのどちらも要らなくても、ただ静かに話を聞くだけでも。……ミハイルのために私ができることなら全部したいんです。だから……いつでも、言ってくださいね」
 ヨハンは、なんだか自信なさそうにそう言った。優しい声だった。
 胸が締め付けられるように熱くなる。
 そっと合わされたまなざしが、俺にだけ向けられるものであればいいと強く瞬間的に思った。

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