司類

僕にもわたしにも愛

 司はスキンシップが激しい。
 ……そう思っていた。
 寧々がそれを気の所為だと気付いたのは、正直ここ数日の話だ。そもそもなぜスキンシップが激しいと思い込んでいたのかといえば、ほら……司は常に声が近いから。
 大体500メートル圏内なら全く過たずに耳に届く。そんな声質の持ち主だから、どこにいても自分のごく近くで声が聞こえて、どんなときでもぴったりと傍に寄り添われているようで、だからこそ、本当に身体ごといつもくっつかれていたかのような錯覚に陥っていたのだ。
 けれども改めて思い返してみると、実際全くもってそんなことはないのだった。えむとはよくひっついているように視覚が記憶していたのだけれども、それでもよくよく観察してみると、あれはいつもえむの方から突進していっているのだ。司の方から彼女に手を触れたことは、少なくとも寧々が意識的に観察を始めてからはただの一度もない。そういえば、自分はあいつの手の温度を知らないかもしれないと寧々は思った。
「類! ――」
「――、司くん」
 セカイの片隅から声が届く。とある片隅から、寧々のいる別の片隅まで届いてくる。
 ルカの昼寝に付き合って原っぱに座り込んだまま、首を巡らせてみる。司の声だけじゃなく類の声まで聞こえたことから察しはついていたが、二人の姿はここからさほど距離のない場所に見付けられた。類はともかく、顔までうるさい司の表情なら視認できるくらいの距離。
 それはつまり、彼らの身体が取るおおまかな仕草をは把握できる程度の距離だということ。
(……スキンシップ激しい、な)
 寧々はぼんやり眺めたまま思った。
 司が類の肩に腕を回して顔を寄せて話す光景を、ぼんやり眺めたまま思った。抱き寄せている、っていうのかな。それは、歳下であることや女子であること、そしてひょっとしたらそれ以外の何か、奥ゆかしい、所以によって自分やえむに手を触れない司が、その真摯な気遣いとはまた別軸の気遣いをもって境界線を踏み越えている、そうすることで現れている、もう一つの真摯な関係のありようだった。
 寧々は、ぼーっと眺め続けた。見詰め続けて、そしてやがて、そっと前言撤回を決めた。類はともかく、と言ったが、類も充分だと思ったのだ。
 類の表情も、今なら十二分にうるさかった。
「……よかったね」
 寧々の声は片隅で消える。舞台上での歌声ならともかく、寧々の地声はちいちゃいのだ。独り言までバカでかい誰かとは違うから。
「類も、司と同じくらい、ちゃんと嬉しいんだ」
 だから、自分はあいつとは違うから。祝福も、どんな素直な愛情も、聞かれていないとくれば幾らでも、本当に幾らでも口にできるんだから、わたしはわたしでよかったな。

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