変人ワンツーフィニッシュ

それでも、世界に知ってほしい!

 類と司は仲が悪く見える。
 非常に不本意ながら、そんなことが最近の寧々の専らの悩みだった。
 ワンダショも自分たちの広報に力を入れようということで……というのは殆ど建前に過ぎなくて、より正直にいえば単純な興味本位でもって劇団のSNSアカウントを開設した。
 ブログよりもかっちりしていないし、文章量は少なくても高頻度で宣伝を流すことができる。そして何よりこういうのは、真面目なお知らせの合間に挟まれるちょっとした投稿が話題を呼ぶのだ。
 寧々は知っている。この時代に高校生として生きていることだしネットのそういった事情には多少明るい自負もある。こういうのはね。〝役者の素顔〟とか〝タレントの日常〟とか、みんな見たいんだよ。
 ほら、舞台で悪役を演じた俳優が実はめちゃくちゃ優しい人だとか、グループで活動してるアイドルが実生活でもすごく仲がいいとか、そういうのを見るとさ、安心するんだって。ファンは。それに今までその俳優やアイドルを知らなかった人も、そういうSNSの投稿がきっかけで興味を持つようになることもあるみたいだし。
「だからさ」
 だいじなの。
「それなのになんで、二人ともそんなふうなわけ?」
 ただ写真に写ればいいだけなのに。いつもみんなでごはん食べに行くときに、料理を撮るついでになぜか毎回お互いの姿まで撮り合って遊んじゃうときみたいに。
 ただ呼べばいいだけなのに。いつもみんなで遊びに行くときに、隙あらば相手の喜びそうなものに目を留めては一々きらきらした顔で声を掛けずにはいられないときみたいに。
「なんで、一回もまともにツーショ撮らせてくれないしお互いのこと話題にしようともしないしわざわざ冷めたような雰囲気なんか取り繕ってるの」
 こんなのはおかしい。誰が許したとしても寧々が許せなかった。今さら人目に晒される場所で何かすることに抵抗のある二人でもあるまい。確かに画像や文章として形に残ることはあまりやったことがないかもしれないが、それに躊躇するような二人でもあるまい。
 百歩譲って人目を意識すると〝素〟でいることはむつかしいというのなら、この際演技でもなんでも構わなかった。巧妙にやってくれれば問題ないのである。二人ほどのショーバカであるのならその程度わけもないだろうのである。
 とにかく寧々には。自分のたいせつな、こんなにもあたたかな居場所が、外から不穏と不和の蟠りと見られることだけは本当に耐え難かったのだ。
「――なんで、いつもどおりにしてくれないわけ!?」
 だから寧々は聞いたのだ。今日という今日こそ。
「ふむ……」
 寧々の決死の大声を真正面から受けて、けれども司はまるで呑気極まる雰囲気で小首を傾げた。いや、首を傾けながら類の目をちらっと見上げたのだった。司の隣、肩が触れる距離に立っている類も、それを受けて楽しそうににこっと笑った。今、この瞬間の、この画は! どこからどう見たって完全に心を許し合った完璧なツーカーのアイコンタクトなのに、きっとカメラを構えると二人はすっと表情を消してあたかも不自然な雰囲気で距離をとってしまう。
 寧々は。今! この瞬間の! この、画! をすっかりばっちり写し取って保存しておけないことに喉を掻きむしりたいくらいだった。
 ほんとうはいつもそうだったのだ。
 そのくらい、渇望していた。
 ……それなのに。
「ふふ。……司くんと僕は〝本当に〟仲がいいからねえ」
 類が何やら嬉しそうに微笑みながら言うと、
「ああ。だから、〝営業で〟仲良くしている、と思われては困るのだ」
 司がさも当然のことを今更言うふうに言った。
 いつものアブナイ笑顔や無駄にうるさいドヤ顔すらもない。そこにあるのは、柔らかく控えめな微笑みと、真摯な真顔。仲間にこんなことを思うのもなんだけどこいつとこいつすごく顔がいい。やっぱりこの画は何がなんでも保存してかならずとっておきの宣材写真にしてやるぞ。寧々は悔しいやらわけが分からないやらで、暫くの間、そんな取り留めのないことしか考えられなかった。
 だから二人の言葉に対する〝嬉しさ〟がじわじわと湧き上がってきたのは、その日家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、自分のベッドでごろごろし始めてから漸くだ。
 むしゃくしゃした寧々は、司みたいな色の変なスタンプと類みたいな色の変なスタンプを一つずつ、グループチャットに無言で押した。
 類からはてへぺろみたいなふざけたスタンプが返ってきた。思わず隣の家の方角に向けてちょっと布団を蹴りつける。司からは意外にも、寧々の気持ちを考えられていなくてごめんな、嬉しかったぞありがとう、みたいな文章が返ってきた。反省しているなら今後の行動が伴え。
 えむからは、緑色のかわいいねこちゃんのスタンプがいっぱい返ってきた。寧々は慌てて、ぴんく色のかわいいうさぎさんのスタンプを必死の形相で探してきて買った。
 今、それをどきどきしながら送るところだ。

タイトルとURLをコピーしました