ワンダーランズ×ショウタイム

Cheeeese!!!!

 隠し撮りの許可を得た。
 寧々が得たものはもう二つある。撮った写真を、本人たちに確認させ再度許可を得たのち劇団のSNSにアップする権限。そして、ローテーションになっているSNS投稿の担当時に、自分が目撃した彼らの仲良しエピソードをこちらも念のため許可を得たのちに披露する権限。
 この三つ。
 寧々はお腹の前で組み合わせた両手に、きゅっと力を込めた――この三つを駆使して、ぜったいにワンダショのあったかさを世間に知らしめてみせる!

  ☆彡

「ねーねー、類くん! この『てぇてぇ』ってコメント、どういう意味かなぁ? いっぱい貰ってるね!」
 練習後のステージ、類のタブレットから顔を上げながらえむが訊いた。確かに、昼休みに寧々が更新したポストには、あの直後から既に幾つものリプが付いていた。
 単語の意味は分からずとも、そこに添えられた絵文字や一緒に綴られている言葉から、ポジティブな意味だとは感じ取っているらしい。えむはきらきらした目で声を弾ませている。
 頼られた類は、穏やかに微笑んだ。
「ふふ、そうだねえ。ネットスラングなら、僕よりも寧々の方が詳しいんじゃないかな?」
「別に類だって、情報収集って言って昔からかなりネットしてるじゃん」
 類の工学やなんかの知識も殆どがネット由来らしいが、そのほかにも彼は、様々なSNSだったり掲示板だったり動画配信サイトだったりに潜り込んでは、お得意の人間観察とやらに勤しんでいるのだ。
 とはいえしかし、寧々とて類が今わざわざ自分に話を振った意味を分からないわけではない。「……まあいいけど」と言い置いて、寧々はえむに向き直った。
「えっと……『尊い』って意味だよ。自分の『推し』どうしが仲良くしてると、それを見たファンは嬉しくなっちゃうんだって。それはもう、ものすっごく」
「あっ……! うんうん! 自分の好きな人と、自分の好きな人が仲良しさんだと、自分までほわわわ〜って気分になっちゃうよね!」
「うん、そうだね」
 寧々の説明に共感する部分を発見したらしく、えむがぽよぽよと幸せそうに身体を揺らす。その様子に思わずこちらまで破顔しながら、寧々は続けた。
「そういう、言葉にならないくらいの嬉しさ……『ほわわわ〜』って気分? を、どうにか言葉にしたのが『てぇてぇ』なんだよ」
「ほえ〜……! なるほどぉ!」
 じゃあじゃあ、この人たちはみーんな、類くんのことが大好きで、司くんのことが大好きで、二人が仲良しさんだからもっともーっとほわわわわ〜ん♪ ってなってるんだね!
「ふふ……うん。そういうことになるんじゃない?」
 ぱあっと花火の咲くように開いたえむの笑顔に、寧々は心が軽くなるのを感じる。ふわふわっとまるで浮き足立つように、嬉しくて、そして誇らしい。
「……君の夢を叶える手伝いを、少しはできたかな? 寧々」
「夢って……。でも、まあ……うん」
 いつもよりもやや大人しめに微笑んだ類は、照れているのか、あるいはやっぱり不安なのだろうか。それでも、寧々が素直に頷けば、少しはほっとしたように肩の力を抜いてくれた。
「――しかし、えむが『推し』という語彙を理解していたとは」
 唐突に背中側から割り込んできた声に、寧々は振り向いた。天馬さんからの着信があって外していたけど、今日の電話は比較的短めに終わったみたいだ。急いた様子もないし、たぶん帰りがけにおつかいでも頼まれたパターンだろう。
「えっへん☆ 前に寧々ちゃんが教えてくれたんだよ!」
「そうかそうか!」
 得意げに胸を張ったえむが両手で大きく寧々を指し示し、それを見た司はにこにこと嬉しそうに笑う。なんだか気恥ずかしくなってきて、寧々はもじもじと首を振った。
「そ、そんなことより……。司も見てよ、今日のポスト。昼に見たときより、リプ欄がすごいことになってるから」
「む……どれどれ」
 タブレットはえむが類に返していたので、寧々はその類の袖をちょいちょいと引っ張った。司に見せてやってという意味でもあったし、類に見せてもらってという意味でもあったけれど、特に深い意味はないただのジェスチャーだ。勿論、タブレットの受け渡し方について細かい指定など飛ばしたわけでもない。だから類がどうやってそれを司に見せ、また司がどのようにそれを見たとしても、それは寧々の意図ではなく完全に二人の自由意志の働いた結果だと思うのだけれど。
「……ほう。確かにこれは、すごいな……いいねの数もシェア数も今までより飛び抜けているような……」
「うん……どうやらそうみたいなんだよねえ」
 司は類の肩に手を掛けて、横合いからぐっと類の手許を覗き込んだ。
 類も類なのだ。司にタブレットを手渡すつもりなんかははなからなかったらしく、司の正面ではなくわざわざ横に並ぶように身体を反転させたのだから。
 つまり今、二人はぴっとりとくっついて、顔を寄せ合うようにして一台のタブレットを覗き込んでいる。
 ――カシャ。
 寧々の瞬発力、そして判断力、流石の滑らかなガジェット操作。それらが見事に結実した音が、がらんとしたステージに存外間抜けに響いた。
「……。寧々、パパラッチみたい……」
 ぱっと同時に顔を上げた二人は数秒固まっていたが、やがて類の口からはそんな言葉がぽつりと零れた。
 揶揄うふうでもなく、いつもの飄々とした掴みにくい雰囲気でもなく、珍しく純粋に困惑しているような声を聞いてしまうと、流石に寧々の喉もぐっと詰まった。
「うっ……しょ、しょうがないでしょ。元はといえば、類と司が仲悪いみたいな振りなんか、するから……」
 今し方撮れた写真の出来映えを確認するつもりで、寧々は俯いた。……なんだろうこれ、すごく言い訳してるみたいなんだけど。
「わあ! 寧々ちゃん、また司くんと類くんのお写真撮れたの? いいなぁ〜、ねえ、見せて見せて!」
「う、うん……。はい、今送った」
 寧々だって、二人がSNSでもいつもどおりでいてくれたなら、こんなことまでしようとせずに済んだのに。寧々は寧々なりに頑張った。仲間の隠し撮りをする許可なんかを、本人たちに請うてまで。それから、夜な夜な自室のパソコンに向かっては思い出し思い出し書き溜めた「司と類の『てぇてぇ』エピソード録」も、クラウドのテキストに今漸く五十ポスト分ほどストックができてきたところだ。一体何が悲しくてこんなことをしなければいけないのか。こんなのが間違っても寧々個人の趣味嗜好だと思われては堪らない。
「……前もね、言ったと思う、けど」
 寧々は一度ぐっと噛んだ唇を、解いて、ぽつぽつと話した。
「わたしはさ、好きなんだよ、みんなのこと。ここの雰囲気も……練習や演出に関してはちゃんと厳しいけど、笑顔に対して真っ直ぐで、仲間のこともお互い大好きで、それで、みんなでそうやっていこうね、って確かめ合えてるから、安心できるの。でも……それってわたしがここにいるから分かることで、外から見てる人には、わたしたちのショーのことしか分からないでしょ? まあ、ショーを見に来るお客さんにはそれで充分なんだけどさ。SNSまでチェックしてくれる人が見たいのって、大抵……それだけじゃないでしょ。きっと」
 寧々は少し笑んで言葉を切った。苦笑、みたいなものだった。
「わたしたちがどういうふうにショーを作ってるのかとか、普段からどういうふうに信頼関係を築いてるとか、……せっかく、そういう部分にまで興味を持ってくれた人にさ。知りたいって思ってくれた人くらいには、さ。ちゃんと知ってほしいんだ、わたし。わたしたちは……こうなんだよって。わたしがどうしてここでショーをやりたいのか、そう思わせてくれるみんながどんな人たちなのか、そういうことを。もっと、ちゃんとね」
 司と目を合わせて、それから、類とも目を合わせた。寧々が真っ直ぐ立っていると、横から高い声がした。
「ね……寧々ちゃん〜……!!」
 振り向く暇もなくえむが突進してきて横から抱きついた。「っわ、……わっ……」「あたしも大好きだよ〜!! 嬉しいよぅ、寧々ちゃん……!!」面食らって言葉も出せなくなった寧々を、えむはひたすらぎゅうぎゅう抱きしめてくる。いつものバッテンの目をして、でもちょっと泣いているみたいだった。
「った、たすけて……」
 思わず司の顔を見て頼ってしまって、しかしそんな寧々の声に対してアクションを起こしたのは類だった。
 ――カシャ。
「……はぇ?」
「――うん。安心して、寧々。よく撮れたよ」
「撮っ……!?」
 寧々が座長を恃んだ隙に、参謀の彼はあまりにも静かな動作でスマホを取り出しカメラを構えていたのだ。勿論、そのレンズは寧々とえむに向けられていた。
「ふふ、これも僕らのグループチャットに送っておこうね」
「……お、届いたぞ。……うむ! いい表情だぞ、寧々、えむ! 類はカメラの腕もいいな」
「おや、ありがとう。司くん」
 放心している寧々の視線の先で、それぞれのスマホを弄っているくせに二人は未だべっとりだった。いつもはしゃっきり背筋を伸ばして立っていることの多い司が、今は寧々に撮られたことで何か吹っ切れでもしたのか、だるだると類の肩に寄り掛かっている。類もそれを窘める気の起きないほど、満更でもないんだろう。
 すん、とちょっとだけ鼻を啜ったえむが、寧々から漸く少し身体を離して、自分のスマホを確認した。「……えへへ」いつもの元気に弾けるような笑い方ではなくて、ちょっと照れているみたいな声だ。寧々はそんなえむの横顔に漸く、視線を移して、それから、自分も開きっぱなしのグルチャ画面に目を落とした。
 ……うん、消してほしい。消してほしいけど、いや違う、恥ずかしいけど、……なんだろう。ひょっとして、満更でもない、のかな。わたしも。
「……あっ、ねえねえ! じゃあ次は四人で一緒に撮ろうよ〜!!」
「何がどうなって『じゃあ』なんだ!? まあオレは構わんが!!」
「ふふっ、僕も賛成だよ。寧々は?」
「……まあ、うん。別にいいんじゃない」
 寧々は、諦めたふうに笑い声を溢した。お互い不意打ちで撮られただけで終わっちゃ据わりも悪いしね。
 四人でセルフィーなんてむずかしいんじゃないかと思っていた時期もあったけど、類が自作自撮り棒を用意するようになってからは格段に撮影が快適になったし構図の幅も広がった。今日はオーソドックスに横並び、向かって右からえむ、寧々、司、類。セルフィースティックを構えた類がいつものように音頭をとる。
「はい、じゃあみんなにっこり笑ってね。せーの、」

「「「「わんだほい〜〜〜〜!!!!」」」」

 ぱしゃり。

  ☆彡

 その写真はあまりにもよく撮れていたため、寧々は思わず「ねえお願い、これあとでSNSにも上げちゃだめ……?」と静かながらまるで食いつくような熱でもって司と類を説得した。言わずもがなえむは説得に加勢してくれる側だった。
 いー、でにっこり笑顔になった四人のわんだほいセルフィーは、その後本懐を遂げた寧々の指により広大な海へと放たれた。それは瞬く間にインターネットの波間を駆け巡り、フェニランガチ勢を震撼させワンダショクラスタを涙させ、先日の『後ろからこっそり なんで二人っきりの時はこんなノリノリなのにこっちがカメラ向けるとスンってなるわけ? ※掲載にあたっては本人達の了承を得ています』とキャプションのついた〝天馬司と神代類がじゃれ合ってツーショットセルフィーを撮っているところを草薙寧々が後方十メートルの位置から必死に隠し撮りした写真〟と並ぶ、いわゆる〝伝説の始まり〟として界隈で末永く語り継がれることになるのだった。

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