ワンダーランズ×ショウタイム屋上組

まじかる♡あーみゃ♪と煌めきのウィキ

 このハンドルネームに深い意味はない。ネットで本名を晒すのもなんだかな、かといってサークルで通している名前をそのままここで名乗るのもな、と迷った末の産物だ。結局、今まで使っていたハンネをあわや二徹目なるかという瀬戸際のテンションで適当に崩したものを採用したに過ぎない。
 と、ここまでは瑞希自身が知っていること、寧ろ瑞希だけが知っている事実だ。なので流石にこの件については、第三者がその経緯を書き留める由もない。
 しかしそれ以降のことについては、果たしてどうだろうか。今、スクロールバーを下ろしていくにつれ、瑞希は疲れていた筈の目をきらきらっと丸くしていった。
(うわあっ……こんなとこまで見ててくれる人、やっぱりどこにもいるんだなあ……)
 オタクだねえ、と自身もどちらかと聞かれればオタクの部類に入る瑞希は舌を巻いた。
 マウスホイールを送っても送っても最下部まで辿り着かないそのページの中程には、こんなふうに書かれている。
〈なお、クレジット表記についても二作目までは『あーみゃ』だったが、三作目からは一貫して『まじかる♡あーみゃ♪』となっている(これは、SNSで天馬から『映像の魔術師―Magical Amya―』と称されたことがきっかけであると思われる)。〉
 二作目、と三作目、の部分はテキストカラーが変わっている。クリックすればおそらく当該動画にジャンプするのだろう。そして、SNSで天馬から、のくだりには脚注が付いていて、そこにもやはり外部リンクが貼られていた。
(お、ちゃんとソース貼ってある。どれどれっと……って、えぇっ!?)
 午前八時。夜通しの作業が一段落したばかりの穏やかな空気を、部屋の主の明るい声が震わせた。
「……ふ、あっはは! ええー、なんで固有のまとめページなんてあるんだろ……」
 てっきり、リンク先は司先輩のSNSアカウントのホーム画面か、若しくは件の発言が含まれたポストそのものだと思っていた。それがまさか、その発言に至るまでの自分たちのリプライの応酬までもが詳細に記録された、数ページにもわたるまとめサイトの記事に飛ばされるなんて!
「ヤバいよぉ……みんな、ボクら――っていうかワンダショのこと、大好きすぎじゃん……ふふ、あはははっ」
 瑞希は一人笑い転げながら、興の乗った指が赴くままに様々なページを閲覧していった。
 『魔術師あーみゃ♡と天翔けるスター☆』と題された先程のまとめ記事を離れて、最初に見ていたサイトから手当たり次第にリンクを辿る。現実をソースとして執筆されたテキストの数々はそれだけでも相当濃密なものなのに、そこにはさらに事細かに脚注や外部リンクが添えられている。それらを逐一チェックしていくとなると実に膨大な量になって、気付けば画面隅の時計はすっかり午下がりの時刻を示していた。
「――っはあ〜! 面白かったあ……!』
 瑞希はチェアの上でぐいーっと両腕を伸ばした。自分だって誰かのファンでもあるし、ニーゴのメンバーとしてファンがついてくれる側の人間でもあるけれど、ここの雰囲気はなんだか新鮮に感じられた。
 ワンダーランズ×ショウタイムとニーゴとでは、やっぱりファンのノリも違って当然なのかな。さてはハンネを分けておいて正解だったねえと、瑞希は二徹の己の判断力を何度でも褒めたくなる。
『ねえ類! ワンダショの非公式wikiってめちゃくちゃ充実してるんだね〜!』
 休憩の休憩だ。ベッドにぽふんと寝転がった瑞希は、スマホのアプリから手遊びにメッセージを送った。
『初めてじっくり読んでみたんだけどさ、ファンの人たちの熱量がものすごくてほんとびっくりしちゃった!! 類のページもめちゃくちゃおもしろーい! よっ、愛され演出家!』
 文末には絵文字を二つ並べた。いわゆるファンマークというやつだ。観覧車はワンダーランズ×ショウタイムを表していて、そこに風船を付け加えると神代類のマークになる。これも無論、非公式wikiに最も基本的な情報の一つとして載っていることだ。
 予想に反して、瑞希が別件でスマホを弄っている間に早速、類から返信があった。案外早い。今日はオフだったんだろうか。昔馴染みのスケジュールを同ユニットの面々ほどには把握していない瑞希には、思い掛けずリアルタイムでチャットできたことが、ちょっとした嬉しいサプライズみたいに感じられた。
『そうだろう? 君の個別ページも充実してきたことだしね、魔術師くん』
「……あっはは」
 魔術師くん、の後にはリボンの絵文字が一つ添えられていた。それはほかならぬあーみゃのファンマーク……みたいなものだ。本人が公式に推奨しているわけではないけれど。
 ここ最近こそ、四人が独学だったり瑞希に教わったりしながら自分たちで動画編集をすることも増えてきたけれど、一応、瑞希は彼らと投稿初期からの付き合いを続けている。映像に出演したことは一度もなくとも、座長をして魔術師と言わしめる瑞希の編集技術、そしてSNSで見せる茶目っ気と気遣いとを両立させた姿に、固有のファンがつくことは決して不可解な話ではなかった。
 ワンダーランズ×ショウタイム自体は、長年変わらぬ四人のメンバーでショーを続けている。しかし、彼らが動画投稿サイトにも活動の場を設けてからは、動画編集師・あーみゃが常に伴走してきたと言っても過言ではない。……いや、瑞希自身はそれを過言だと思っているのだ。どれほど四人があーみゃに感謝し、暁山瑞希を好きだと言っても、瑞希はワンダショのファンからワンダショのファンとしての好意を受け取ることに、いろいろな意味で気後れした。
(……まあ、類からリボンの絵文字送られてくるなんて、カワイイし。こんな機会があるなら、思ったより悪いことばっかでもないのかな……ボクのファンマークが共有されてるっていうのも)
 動揺を身体の奥に押し込んで、瑞希は何食わぬ軽口の体でぽんと返した。
『ボクのファンマこっちだもん』
 端的な言葉の後ろに、パソコンの絵文字とリボンの絵文字とを一つずつ並べる。それは、一部のニーゴファンが、ニーゴのAmiaのファンマークとして共有してくれているものだった。
 幾秒もせずにぽんと返信が付く。いよいよもって今日の演出家様はお暇らしい。
『そんな君が、ほかでもないリボンを携えてこちらに遊びに来てくれるのが嬉しいよ、瑞希。』
 ――息が、一瞬止まった。
『〝神代類〟のページ、関連リンクに〝あーみゃ〟がいる。同じwiki内で僕らが繋がっているというの、不思議で面白くて、とても素敵なことだと思わないかい?』
「……ああ〜〜〜〜あーーーーっ!!!!」
 瑞希は呻いた。なんだかよく分からない衝動が四肢を貫くままに、じたばたじたばたと布団の上で蠢いた。むしゃくしゃしてただ一言、『面白神代!!!!』と吐き捨てるように返信を打つや、本当にスマホを放り捨ててしまった。とはいっても流石にベッドの上にではあるけれど。
 ぽこん、と受信を知らせる音が鳴る。放り捨てたのだから放っておけばいいものを、瑞希はのそのそと短い距離を這って行って、捨てたそれを愚直にも拾い上げた。いそいそとロックを解除すると、目に飛び込んできたのはシンプルな一文。
『それ使わせてもらってもいいかな?』
 ――瑞希は爆笑した。目許を拭いながら起き上がって電話を掛ける。そういえばせっかく夜通しで煮詰めた仕事、依頼主がこんなにも暇してるんだったら、早く本人に仕上がりをチェックしてもらえばいいじゃんとなぜか急に思い立ったので。

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