司類

大海原の貨物自動車で夢見るように愛を視る

「――で、今日はえむと歌姫の嬢ちゃんは来ないんだって?」
 晶介が世間話のように振ってくるので、二人は頷いた。
 彼の後をついて駐車場をてくてく歩く。本当にショーに目が無いんだな、と返されたので、彼にはえむから、今日のゲーム大会やその優勝賞品のことまで仔細が伝わっているに違いなかった。
「今回は晶介さんが運転してくれるんだな」
「まあな。今度こそ、クルーザーよりはお役に立てる免許だと思うぜ」
 二人は一瞬、フォローしようかと思った。けれどもすぐに、晶介が気兼ねなく笑っていることに気付く。それで、類は口を閉じて微笑むに留め、司は純粋に自分自身の楽しさを表すためだけの笑みをぱっと浮かべた。立ち止まった三人の傍で、トラックのボディがてらっと柔らかくきらめいた。
「そんなことはないぞ! オレの中のトキメキ度で言うなら、クルーザーの方がちょっと上だ!」
「えっ、〝ちょっと〟なのかよ……!?」
「トラックだって普段乗る機会なんて無かったからな……前に荷台に乗せてもらったときなんか正直だいぶ楽しかった」
「ああ、おお……。なんつうか……えむみたいなこと言うな……流石だ」
「ハーッハッハッハッハ!」
「あー、……へいへい……」
 出発前から既に疲れたように首を振る晶介が、二人よりも遅れて車内に乗り込んだ。二列シートの後ろ側に司と類の二人を押し込んでから、自分は運転席へ。
 シートベルトと安全確認をしてから、漸くトラックは発進する。

「――よく眠れるなあ、こんなとこで」
「ふふ。えむくんと寧々の分までしっかり頑張ってくれたから、疲れてしまったのかもしれませんね」
 類は、隣の座席ですうすうと船を漕いでいる司の顔を見詰めた。バックミラーへと視線を移して、晶介さんもありがとうございます、と頭を下げる。積んだものを無事下ろせてからにしてくれ、とすっと視線を外されてしまった。
「……はしゃぎ疲れ、って感じもするけどな、そいつ。本当にトラックでクルーザー並みに喜んでるんじゃねえか……?」
 なんだか悲哀の滲み出ている声で晶介が呟く。類は勿論それを察せないことはないけれども、実際には「けど、司くんの気持ちは少し分かります」と苦笑するほかなかった。
「たぶん……このトラックが運んでくれているのが、ショーの道具だからなんですよ。おとぎ話で喩えるなら、そうですね、お宝を乗せた海賊船といったところかな?」
 類は目を閉じた。アスファルトを削る走行音が、やはり類自身にも、日差しにきらめく波音に負けないくらいロマンチックに聞こえて仕方がない。司といると、淋しさを伴わずにそう感じられる。
「お宝……ね」
 晶介の呟く声がする。独り言のように聞こえたから、また呆れられているのかもしれない。そう思ったのに、彼が続けた言葉を聞くうちそれらは類の想像を裏切っていって、目の覚めるように瞼を上げた。
「――なら、俺にとってもこのトラックは海賊船に違いないな。荷台にはお宝、シートにはそれよりもっと大事なお宝。そいつが後ろで荷物番したがるのを止めるのは疲れたが……俺だってやっぱり、ちゃんと大切なお宝は守らねえとだからな」
 バックミラー越しに見る彼の目は、やはり前を向いている。……ちら、と目が合った。晶介は、今度は明確に、類に向かって小さく笑い掛けてくれていた。
「……お前も寝ていいぞ。この乗り心地の中で寝れるもんならだけどな」
「ありがとうございます。心配してくださっているほど悪い乗り心地じゃないですよ」
 でも僕は、わくわくすることを前にしていると目が冴えてしまうたちなので。
 司が起きていれば彼と話し合えるのだが、あいにく今はそういかないので、類はメモ帳を取り出して一人アイディアを走り書き始めた。
 少し経ってスケッチが一段落した頃、そうだ、と運転席から思い出したように話し掛けられる。
「今日、お前らにずっと謝ろうと思ってたんだが」
「え? 何をですか……?」
「えむも嬢ちゃんもいねえのに、俺がいてやるしかなかったこと。こんな力仕事の搬入作業でも、お前らにとっちゃ好きなことの延長線上なんだろうし……もっと〝好きに〟させてやりたいのはやまやまだったんだがな。さっきも言ったように、俺はお前らのことも守ってやらなきゃならんから、」

 二人っきりでデートみたいにさせてやれなくて、悪かったな。

「…………ええと……、僕やっぱり眠ります」
「あ? そうか、もう着くけど……。まあ、おやすみ」
「…………。……おやすみなさい……」

 海賊船の乗り心地は本当に悪くなかったのだ。
 ただただ気恥ずかしさから逃げ隠れたかった類のことをも、その夢の入り口はあまりにも快く、甘く迎え入れてくれたくらいだったので。

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