ワンダーランズ×ショウタイム

錬金術師のタクト

「……類が使うのは、魔法なんだろうか」
 類のいない類の城。ネタ出しがてら遊びに来た作業部屋で三人、部屋の主人を待っているところだった。
「は? 何言ってるの? ……どういう意味?」
 癖で一旦軽くあしらったものの、思い直して寧々は訊き返した。司は相変わらず考え込むようにしながら、うむ、と静かに答えた。
「このあいだ、ショーを見に来てくれていた観客が、類の演出を〝まるで魔法みたいだった〟と話しているのを聞いてな。……そういえばオレ自身は、類の演出を観客目線でそういうふうに見たことはなかったかもしれないな、と思って」
「ふうん……まあ、わたしたちは類と一緒に〝やる側〟だしね。見てくれる人のことはずっと一番に考えてるけど、それでも観客と全く同じ考え方してるだけじゃ、ショーを〝する〟ことはできないし。……それはもう仕方ないんじゃない」
「ああ……」
 ていうか、なんで、今更? 寧々は問う。類の演出が〝魔法みたい〟だという感想は、それこそ魔法使いを主人公にしたナイトショーが評判になったときに特に、数えきれないほどもらった筈だ。そのときには感じなかったことを、ついこのあいだの通常公演でもらった感想には感じたということだろうか。それが不思議で、寧々は知りたかった。
「あのときは……そうだな。〝魔法使いの話なのだから、魔法のように見せるのが当然だ〟というふうに考えていたというか。魔法に見えるように演出した類の仕事が、魔法のように見えるのは……なんというか、〝当然〟だろう? あのときは、類が類の仕事を成功させてくれたことが、ただただ嬉しくて誇らしかったな」
「ああ……そういうこと」
 司の言いたいことは、なんとなく分かる気がした。
「うむ。だから先日の、特に魔法をモチーフにしたわけではない演目で〝魔法のようだ〟と言われたことが……オレの中では新鮮? ……に、感じられたのかもしれん。というか、そもそも類の演出なんて四割がオレへの無茶難題の要求、もう四割が実験という名のオレの犠牲で成り立っているようなものだからな!? 〝魔法〟だというのなら、もう少しスマートに事が済む筈だろう……!」
「はは。それは確かに……。類の普段を知ってると、あんまり魔法がどうとか、ファンタジーなこと考えられないよね。ノートにはびっしり計算式書き連ねてるし、普通に地味に機械整備したりしてるし……」
「描いているのは魔法陣じゃなく舞台装置の設計図だし、唱えるといったら愉快な呪文というよりも専らスパルタな演技指導だしな!」
「あはは! そうそう」
 寧々は頷いた。類のいないところで類の話をする人と、こんなふうに類を好きだという話で笑い合えているなんて、ほんとうに不思議な気持ちになる。今更、まだ慣れないということはないけれど、それでも寧々にとって、それはいつまでも新鮮に嬉しい体験だった。
 それにしても、残りの二割ってなんなんだろう。前、一万二千パーセントが寧々とえむを足して二万パーセントになったと言っていたし、この二割にも同じように寧々とえむが当て嵌められているのかもしれない。
「――は〜っ! 類くんやっぱりすごいねえ! 新作もと〜ってもわんだほいだった!!」
 主人直々の許可を得て、作業部屋の深奥を探索していたえむが、全身で笑顔を表しながら二人の許へ跳ね戻ってきた。たぶん類の次に類の城について詳しいのは、今となってはこの人だろう。
「あ……そうだ。ねえ、えむは類のこと、魔法使いだって思う?」
「ほえ?」
 寧々が好奇心から訊くと、司も興味を示して頷いた。一度全身で首を傾げたえむは、すぐに真剣な顔をして考え始めた。
「う〜んと、類くんは自分のこと〝錬金術師〟さんって言ってたよね? だったら、魔法使いさんじゃなくて、錬金術師さんなんだと思う! あっ、でもでも、魔法使いと錬金術師って、一人二役できちゃうのかな!? もしそうなんだとしたら、錬金術師の類くんが同時に魔法使いさんでもあるってことは、あるんじゃないかなーって思うよ!」
 難しげに眉根を寄せたり、はっと目を見開いたり、きらきらっと笑みを溢したりしながら、とても真剣にえむは語る。その顔を、寧々もまた温かいような擽ったいような気持ちで見詰めていた。
「でも、類くんが魔法使いさんでも魔法使いさんじゃなくても、いつもあたしたちのショーのためにあたしたちにはできないことを素敵にやってくれちゃう、頑張り屋さんで優しい類くんだってことは変わらないよね!
 八割の司くんと、二割のあたしと寧々ちゃんと、いっぱいの類くんのきらきらと、二万パーセントのわんだほい!」
「……え? ……えむ、さっきの聞いてたの!?」
「えっ? うん! 二人がなんだかきらきらでにこにこ〜なお話してるなあって思って!」
 思わず、司と顔を見合わせる。別に、聞かれて恥ずかしいような話でもなかったけれど、てっきりえむは類の作品に夢中なんだとばかり思っていたから、周囲の音が聞こえていたことに少し驚いてしまった。
「……ええと、きらきら〜で……にこにこ? オレたちの話の、一体どこを聞いてそんなふうに思ったんだ……?」
 司が呆れたように……というよりも心底困惑したように問い返す。えむは事もなげに笑って、弾む声で答えた。
「えへへ! だって――」
 がらがらがらがらがらがら。
 けれど丁度そのとき、ガレージのシャッターをくぐり抜けて何かが部屋の中へと入ってきた。三人の意識は否応なくそちらへと吸い寄せられて、そして時が止まった。
 人の脛ほどの高さに、大きなトレーが――ペットボトルの飲み物や、グラスや、お菓子の乗ったトレーが浮かんでいる。いや、浮かんでいるわけじゃない。それを体の上に乗せて運んでいるのは、一台の機械――類のロボットだった。耳を澄ますと、しゅうぃん……しゅうぃん……と駆動音が聞こえる。奇妙に細い脚が、見たことのない生き物のような動きをしながら、こちらへゆっくりと近寄ってくる。
 三人が思わず目を奪われていると、ややあって、類本人が部屋の中へと入ってきた。
「やあ、待たせてしまってすまないね」
「……う、ううん」
「……か、かまわんぞ」
「おお〜!? すごいすごいっ、サーバーロボさんが進化してるう〜!!」
 ロボットは、三人の目の前までやってくると、そのまま自分の脚を折り畳んでしまってじっと動かなくなった。へんてこな簡易テーブルと化したそれを、えむはなおも輝いた瞳で見詰めている。
 寧々と司は閉口して、黙って視線を見交わした。
「――ところで、何やら盛り上がっていたようだったけれど、なんの話をしていたんだい? ひょっとして、僕の新作の中でどれかお気に召す物があったかな」
 類が三人に向かって訊ねてくる。どこかわくわくした気持ちを隠しているような響きだったから、寧々はどう返すか一瞬悩んでしまう。するとその一瞬のうちに、えむがさっと手を上げて答えていた。
「あっ、それもあるんだけどね! あのね――類くんはやっぱり、あたしたちのとっっっても素敵な錬金術師さんだよねって、話してたの!」
 それを聞いて寧々は面食らって、いや、そうだそういう話をしていたんだっけと思い出した。ちらりと司の方を見ると、彼もいっとき驚いたように目を丸くしていて、それから、寧々と同じように納得した様子で笑みを浮かべた。
「……おや……。……ふふ。それは、とても光栄だな。……ありがとう」
 そう素直に答えた類の表情が、とても柔らかかったから、本当に自分たちは彼から信頼されているんだなと寧々は思った。こんなふうに、誰かと一緒にそう思える日が来るなんて。寧々にとってそれは、いつまでも新鮮に嬉しさを与えてくれる、夢にも思わなかったくらいの現実なのだった。
「あのね、類くん! あたしたちの最高の錬金術師さんは、これからもずーっと、なんにだってなれるし、どんな素敵なことだってできちゃうよ! だって――もしも、魔法を使えない類くんが魔法をしたいって思うなら、あたしたちが、いつだってどんなふうにだって、類くんの魔法になれるから!」
 そうだよね、とえむに改めて訊かれるまでもない。寧々と司は揃って満面の笑みで、類の顔を真っ直ぐに見詰めていた。
 類は、ふーっと目を丸くした。そのまま固まってしまって、一秒、二秒、……まだ言葉が出てこない。
 最近はいい意味でもう慣れてしまったと思っていたから、こんなふうに照れる類を見るのは、三人にとってもなかなか久しぶりのことだった。まあ待とう。気長に、待とう。咄嗟に出てくる愛想じゃない、はぐらかすような切り返しでもない、類らしくない、気の利かないようなたった一言を。えむと、司と、寧々の、想いに、〝うん〟ってただ頷くだけの、それだけの単純な応えを。
 その一言が、この場の止まった時を動かす。わたしたちの笑顔を呼ぶ。胸に温かな温度を灯す――そういう呪文になるって、わたしたちはとっくに知っている。

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