あ、変人ワンツーだ。そう声を掛けられ司は思わず振り返ってしまう。顔見知り程度に面識はある同学年の生徒三人連れだった。変人は余計だ、と毅然とした声で返すと、そういうところが楽しまれているんだろうねえと斜め上から類の声が降ってきた。楽しまれている……? よく分からんがそれなら、まあ。
「お前たちも、この店で買い物か?」
司が、背後の――洋菓子店の店舗を示すと、いや賑わってるなあと思って、ウィンドウショッピングってやつ、と返りがある。なるほど、放課後の時間を友人らで有意義に過ごしているのだなあと司は共感に似た気持ちを覚え一人頷く。
「バレンタインだもんね」
三人連れのうち一人が言った。
「そうだよ、え、てか、まさか二人、……??」
もう一人が答えて、そして台詞の後半でなぜか司と類を見た。
司は首を捻る。二人、とは自分と類のことだとして、自分たちがなんだと言いたいのだろう。述語に当たる部分が継がれないため、意味を取りあぐねた。類には分かっているだろうか。そう思い殆ど意識もせず、斜め後ろにある筈の表情を、自然に見上げようとして、
「えっ、まじ?? 変人コンビだと思ってたけど、〝そういう関係でもある〟わけ!?」
――司は酷く後悔した。
三人目の笑い声が、堪えきれなかったというように弾ける。釣られるように、くす、はは、と控えめに二人分の声が追従する。司にも今度ばかりはその意味が理解できた。逆に言えば、ここまで言われなくてはこの同級生たちの真意を察することができなかった。
仰ぎ見た類の顔。
……そんな顔を、させてしまった。そんな顔をさせることになるまで気付けなかった。察せなかった。躱せなかった。真っ先に、矢面に、オレがお前よりも先に立つことができていたなら。後悔が暗く肺を覆う。自責がどろどろと胃の腑を燃やすようにのたうつ。司は振り向いて、笑う彼らに向き直った。
「そうだが?」
……え。
三人の口から、生気の抜けたような息が漏れる。それは司にはなんの価値もなかった。一瞬前までの笑い声と同じくらい、それになんの価値も見出すことはなかった。こくり、斜め後ろから声なく息を呑む音が聞こえてくる。それだけが今の司にとって温かで生きた意味を持っていた。
「オレと類は、バレンタインに贈り物をし合うほどの仲だが? それを買いに今日ここへ来ているんだが? 人から変人ワンツーなどと見かけの印象で勝手に括られるのよりもずっと、深いところで、オレは類と関係を結んでいたいと思っているし、事実そうしているし、その繋がりをもっと強めたいずっと保ちたいと願って常に怠らず努力しているんだが。誰からも共感され得ないほど強くそう願い、誰の想像も及ぶ筈のないほど切実に努力しているのだが」
……あー……と眼前の3人はもごもごと口を動かしている。
「だから。そうだが? 分からないのか?」
司が釘を刺すように目を覗き込もうとすると、三人は誰も彼も顔をあちこちに逸らした。慌てたように、そして、……怠そうに。司はふう、と息を吐くとともに一度だけ口調を緩めた。
「まったく……真剣に受け答えされて困るような言葉を、軽はずみに吹っ掛けるものじゃないぞ?」
気安く窘める言葉は、風紀委員からの親しみを込めた注意だとでも思ってくれればよかったものを、彼らはわざわざ捻くれた受け止め方をしたのか面白くなさそうに踵を返し始めている。
「おい、子どものような態度を取るんじゃない。なあ、お前たち、あんな言い方は誰相手であってももう二度と――」
ガキはどっちだっての。そもそもマジレスすんな大人げない。
「っそ……――そもそもマジレスせざるを得んような言葉を人にぶつけるなーーーー!!!!」
もはや完全に去りゆかんとする背中たちへ向かって、司は最後まで力の限り反論した。でっかいデシベルと関わり合いになると自分たちまで注目を浴びてしまうとでも思っているのか、三人は身を屈めて、わざとらしいまでにこそこそとした身振りで通りを抜けていく。
そんなに心配せずとも輝きの源はこの天馬司である。人は皆オレを振り返ればよい。
「……類」
背中を見送って、視界から消えたのを見届けて、司は漸く、斜め後ろを振り返ることができた。
大好きでとても大切な人の顔。戸惑っていて、まだ少しつらそうで、けれどもさっき司が能天気に見上げたときよりもずっと、……表情の強張りが解けている。ああ、よかった、司は思う。やはり今の司にとって、類のその表情こそが何よりの価値だった。明るく大きな、誰かを嘲る笑いなどとわざわざ比較するまでもない。類が安心していてくれること、ほんとうに、まさにそれこそが、司にとって温かで生きた意味を持っていた。
「司くん……」
「類」
そろりと、自分自身の声の調子を手探りで確かめるかのように、類が司の名前を呼ぶ。司は間髪を容れずに受け答えて、一旦、類のことを抱き締めた。何か堪らなくなって、両腕を彼の方へ差し伸べて、触れずに一瞬だけ待つ間、目で問うた。類は司と同じように両腕を開いて見せたから、司は、よし! と抱き締めた。類の手もそっと、司の背を抱いていた。だから二人は、抱き締め合っていた。
ぎゅうう、と少しの間、愛情パワーを交換し合って(と司はイメージしている)、司は類から身体を離した。「悪かった、類」と目を見て謝ったのは勿論、今の素晴らしいハグについてではない。
「……あんなふうに嫌なことを言われるとは、思っていなかったんだ。不覚だった。オレが、もっと早く気付いて話の流れを変えていれば――いや、あんなことを言い出す隙を与えなければ――オレの行動次第で、あいつらに、類を傷つけさせずに済んだかもしれないのに」
言葉にして吐露すると、やはり悔しくて、類の腕を掴んだままの指に思わず力が籠った。ああ、なんだか今になって泣きそうだ。とにかく類の瞳を瞬きもせずじっと見つめることで、どうにか耐えていると、それまで朧げに悲しそうだった類の顔が、突然、ふわっとほころんだ。
「ねぇ、司くん」
「……? ん、うむ?」
うっかり瞬いた拍子に何かが頬を伝い流れた気もするけれど、司に間近で向き合っている類が何も言わないのだから、たぶん司は泣いてなどいないのだ。
「さっき貶められたのは僕だけじゃない、君だってそうなんだよ。僕だって君に傷ついてほしくない。けど……それでも……君には、今にどこかから悪意が飛んでくる筈だ、なんて常に構えながら生きてほしくは、ないな」
「それは……それは、オレだってそうだ。類にはこれから、そんなふうに生きてほしくない。オレたちがさせない。類に、安心して生きていてほしい。オレたちが――オレが、そのための力でありたいんだ。類がずっと安心して笑っていられる、そのためにこう、毎日少しずつチャージする、生きるパワー、……オレの愛情は無尽蔵だぞ……? どれだけ末長く使い倒そうが枯渇することはないんだからな……」
「ねぇどうしたの、司くん、お疲れなのかな」
まるで寝言みたいに途中からぽやぽやしてしまった言葉に、類が揶揄うふうでもなく親しみ深そうに笑う。「そりゃあ、疲れたに決まっているよね。……君だって同じように傷つけられながら、僕のことを守ってくれたんだ」
類のひたいがそっと、司の肩に乗せられる。ゆうるりと、少しずつ、重みが加わってゆく。温かくて柔らかい声が、耳たぶに直に、司だけのものとして届けられる。
「ありがとう、司くん。君はとても格好よかった。司くんが立ち向かってくれた姿に、僕は、本当に、――救われたよ」
オレは言う
