司類

きゅんってしないの

 席替えで類と前後になった。
 くじ引きで窓際の一番後ろを獲得した類は案外、授業中には目の前の司にちょっかいを出してくることがない。寧ろ司が困っていたら助けてくれるくらいだ。

 先日、教師の説明が理解できずあまりにも唸っていたら、とんとんと肩をつつかれた。自然と促すような動きに釣られて振り返ると、類がメモとペンを持って司の方に身を乗り出している。教師の省いた説明を司の理解度に合わせて補足しながら、図示を交えて教えてくれる類の手許を、椅子を傾けて覗き込みながら司も真剣に聞き入った。
 ただその様子を何か誤解されたらしく、神代ー、前出て代わりに授業するか? と教師から窘められてしまい、類は「今は司くん専属なので……」とわりと真顔で返していた。

 今日はもっとシンプルだった。授業内の指示どおり別冊の資料集を開こうとして、うっかりシャーペンを落としてしまったのだ。
 それは幸いにもというか、他の人ではなくて類の足許の方へと転がった。司が声を掛けるよりも早く、類の指はそれを拾い上げていて、軽く埃を払ってから司の方へ差し出してくれた。
(すまん、類。ありがとう)
(ううん。どういたしまして)
 殆ど口の動きだけみたいな小声で囁きを交わす。司が手のひらを上に向けて、その上に類がシャーペンを置いて、――そして類の手は離れなかった。
 そのやわらかな触感は、離れていく素振りで司の手をそっと撫でていったかと思うと、そのまま未練がましく司の指先に留まっている。
(……なんだ)
 司が呆れた表情を作って見せると、目が合った類は(ふふふ)と笑った。司が本心では満更でもないということをちゃんと気付いているから、類もこんなふうに安心して擽ったそうに笑ってくれてるのだろう。司は静かに溜息を吐く振りをした。甘えてふざける類の手を、もう片方の手で、情緒のかけらもなくがっつりと鷲掴みにしてどける。
 そしてぎゅっと握る。
(……)
(、……)
 シャーペンを回収した方の手はすっと引き揚げて、もう片方の、類のために稼働した手で、類の手をぎゅっと握り締める。
 じわ、互いの体温が混じって境目のなくなる一瞬後に、司は類をエスコートした。相変わらず授業と関係ない独自の世界線が進行している机の上に、そっと類の手を送り届ける。そして、宥めるように手の甲を包み込むと、少しだけ撫でつけてからゆっくりと離れる。
(また後でな)
 今は教室にさざめいている資料集のページを捲る音が、落ち着いてしまって授業が進み始める前に、司は前を向いた。

 席替えをしてからの毎日は大体こんな感じだ。
 皆が事前に危惧したような困ったことは何も起こっておらず、あるとすれば、それは司個人が偶にうるさくなる心臓を一人抱え込まねばならない時があるということくらいで。
 案外、平和なものなのだ。

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