身動ぐ、のに連れて意識が浮上する、ということは今まで眠っていたということで、ここはどこだろう。まだたっぷりと眠たい。ぬるまな海に鼻から下は浸かっているかのようで、身体の前面がなんだかほこほことする。柔らかいものに全身で抱きついているような、なんだこれ……毛布、じゃない、なんか匂いに覚えがある。そこで初めて、ふっと目を開けた。
〈……name?〉
思ったとおりの声が、まるで骨から直接伝わるように聞こえて、だからnameは、申し訳ないとは思いつつもまたとろとろと力の抜けた身体を元のように“彼”へと預けてしまった。
リンウさん、と呟いた声が、無事に自分の口から出ていったかどうか怪しい。状況をうっすらと理解し始めながらも、どうにもへばりつくような眠気から抜け出せずにいるのだった。
〈……ああ。確かに、貴方からその名前を貰った、俺だよ〉
対するリンウは、何やら弾むように、それでいて密やかな声で、そう答えた。ということは、自分の呼ぶ声は彼に届いたということだ。
いろいろな手掛かりから――ひどく靄のかかった意識の外をやみくもに手探って得たそれらから――推察するに、おそらく今、己をおんぶした状態でいるルカリオは、まるで春の海のようにのたりのたりと、仄明るい空気の中を歩んでいる。
どこに向かってるんだっけ。なんでリンウさんなんだっけ。なんでおぶられているんだっけ。とうに閉じ直してしまった瞼の内側で、眠気と手を取り合った疑問がゆうるりと巡っている。それらは果たして己の口からまろび出ていたのだろうか、それとも意識に上った時点で、ルカリオの前では声にするまでもないのだろうか。
〈おっと……。俺に手を差し伸べて、自ら『おんぶ』とご所望なさったことを――さてはお忘れだな? お嬢さん〉
うーん。そう言われても。と胸中で反論したその途端、そう言われてみればという記憶がなんとなく蘇ってくる。言われてみれば、夕陽の注ぐベンチでなんだか眠たいなあと思ってからの記憶は、ないかもしれない。今日、……の話だよな。流石に。けれどもそれが何分前、……何十分前の記憶なんだろう。夢、ではないのだろうか。それとも今が、夢? 分からない。とにかく眠たいのだ。
春の海に揺蕩ってみたことはないけれど、ぜったいに、これがそれなんだと、変な確信だけがここにあった。
〈――“おんぶ”をねだる相手としては、なるほど俺が最適だったな。セテ先輩の背中に乗せるにしても、乗った本人が自分でバランスをとってくれないことにはやっぱり危ないだろうから……〉
そう、そうだ。確かに、メガニウムの触角が己を気遣わしげに撫でてくれたのを覚えている。まさに寝落ちる寸前の記憶だった。
〈先輩がたを差し置いて、俺だけが貴方の役に立っていいチャンスって、これくらいか? ――そう考えると、偶に先輩がたを困らせてるそのマイペースさも、俺にとってはあってラッキーだった宝物としか言いようがないな!〉
リンウの声は、くすくすと弾みながらも、それでいて囁くようにどこまでも秘めやかだ。それを最初は、こちらを眠りの海から無理に引き上げないための気遣いだと思っていたけれど、今に至って漸く、ボールの中の先輩たちに隠れて内緒話をしようとするような、茶目っ気も半分くらいは混じっているのかもしれないと薄々気が付いた。なあんだ。いたずら好きな彼らしい。
確かに、自分と彼との仲は、彼が先輩と呼ぶ子たちとのそれと比べてしまえば、まだまだ短く浅い付き合いであると言えてしまえなくもないのかもしれないけれど。それでも、紛れもなく優しい彼が、ここにいて楽しいと感じられる時間を持てているのだとしたら、己にとっても、それは何よりいちばん、幸福で幸運なことなのだ。
「……ふへ」
〈……うん。居心地がいいものだろ、俺の背中も?〉
きちんとしがみついておくこともままならない眠たい身体を、ずり落ちないよう優しく揺すり上げてリンウは言う。
なあんだ。もはや潜める気もなくなったような、堂々とした声音でそんなことを言っちゃって。得意げというにはあまりにも落ち着き払っていて、冗談混じりというにはだいぶ親身な声。なんだかずっと糸を引くようにいつまでも眠りの淵から上がりきれずにいるのは、本当にこのあやすような体温と揺れのお陰なのだろう。そこでばしゃばしゃと下手に泳ごうとすると、きっと泡立った飛沫で、眠たい呼吸が覚束なくなってしまうので、うちまで運んでくれると言うありがたい潮の流れがあるのならば、そう、お言葉に甘えていっそ身を任せきってしまえばいい。
ラッキーだったと言われて腑に落ちた。私もそうだよ。引き寄せる糸に抗うことなく、また、豊かに降り溜まる雨の懐へと沈む。