東の保護者

××××に愛を込めて

 ネロは案外、好意をだだ漏れにしてくる人なんだと知った。
 馴れてくると、案外スキンシップが多いんだとも。
 そして、ネロともあろう人がそういうふうにしてくるということは、少なからず、ファウストの方の好意も彼に漏れているに違いないのだった。
 不思議なことだ。ファウスト自身には、ネロほどあからさまに好意を表現しているつもりはない。していないというよりも、できている自信がない。感謝とか褒め言葉とか、思ったらその都度伝えるようにはしているけれど、ネロがファウストにしてくるみたいに、なにはなくとも今日も好きだよみたいな、なんというかそういう、平時の愛情表現とでも言うべきものは殆ど足りていない自覚があるのだった。
 それでも、分かってくれるらしい。
 あの、気を遣いすぎるきらいのある男が、これだけ剥き出しの好意を迷いなく向けてくるのだ。相当分かられていると思って間違いない、ファウストの中に確かにある、ネロへの好意は。
「――本人からは、恥ずかしいので黙っててくれって言われたんですけど」
 賢者がそう言って、眉をぎこちなく下げて微笑んで見せた。
 構わないだろう。ネロだってきっとそう思ったから賢者に話したのだ。本当に黙っていてもらえると踏んだのかもしれないが、逆に言えば、口が堅くて思慮深い賢者が、敢えて内緒事を第三者に話すというのは一体どういうときか、それを理解したうえで委ねたということでもある筈だった。
「ファウストの口からも、同じ言葉を聞いたのでびっくりしてしまって……嬉しくなってしまって。勝手なことですけど……」
 賢者はそれから、ファウストとネロのお互いに向け合う好意がアンバランスなようには見えなかったこと、二人がお互いの傍を居心地がいいと語るときの声の温度がどこか似ているように聞こえたこと、だからファウストがネロの言葉を知ったとしても疎むようなことはないだろうと思っていたけれど、ファウストの方もまったく同じ言葉を使ってネロを表現したのは、賢者にとっては少し意外で、そしてとても喜ばしい光景だったのだということ。
 そういうことを、いつものやわらかい、落ち着いたやり方で話してくれた。
「……ネロ本人に、言わなくてよかった。あいつがきみに黙っててほしいと頼むくらいだから、これはやっぱり、少し大袈裟な言葉なんだろう」
「そんなことないですよ。ファウストの中では、全然、大袈裟なんかじゃないんでしょう?」
 賢者が大きな目を見開いて、ファウストを見上げた。どきりとする。
「ネロにとっても、そうだと思います。あんまりにも自然に、流れるようにその言葉を口にしていたから。それに……なんというかすごく、楽な笑顔でしたよ。ファウストのことを話すときのネロ……」
 そう言う賢者も、そのときのネロの姿を思い返してか、ひどく温かな微笑みを浮かべている。ネロに負けず劣らずのお人好しな、優しい、子だった。
「……きみがそこまで言うのなら、そう思ってもいいのかもしれないな」
「ありがとうございます、ファウスト」
 まったく。
 なにがそんなに嬉しいんだか。
 なぜか輝くような笑顔でお礼を言ってくる賢者も、なにやら相当呑気な顔をして人のことを喋り散らかしたらしいネロも。まるでぎゅっと甘いホットミルクを飲み下したみたいに、胸が熱くなって落ち着かない、ファウスト自身も。
「……〝友達〟、か」
 部屋に帰って紅茶を飲んでいたら、思いがけず独り言が落っこちて、ストレートティーの水面をやたら大きく揺らした。
 なんだか、今夜はきっとお酒を飲みたくなるという、そういう予感がする。
 一人で楽しもうか、それとも。

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