――青以外の色に焦がれるようになるなんて、思ってもいなかった。
朝焼けが見える。北向きのキッチンの窓を通して、紫がかった雲が。
ネロから見て右から左へ、薄くグラデーションをかけて、だんだんと夜の色を濃く残す。
秋だからといってうかうかとはしていられない。朝食の仕込みにかまけていると、あっという間に日は昇りきってしまう。空一面がまっさらに、薄水色の朝になってしまう。
だから、ネロはキッチンを出た。
飯の支度を放り出して、勝手口から静かに外へ出た。なんの用もないのに、珍しいことだった。
肌寒い。それから、清澄な土と草と露のにおいが喉を通る。この街の匂い。ネロの住むここの、魔法舎の庭の匂い。
薄闇に、ちら、ちらと、か細い光が差していて、世界の広さに一瞬、ネロは怯んでから、それから怖る怖る、東の空を振り返った。
――紫色の朝だった。
息を呑んで見惚れる。いや、呑まれたのはネロの方だった。
薄い黄色の光源が、世界のふちから顔を出して、空を一辺からわあっと照らし出している。そこへ浮かぶ紫色の雲は、けれどもそのおかげで紫色なのでは、ない。彼はずっと、美しく、その色で、どんな夜の中でも薄水色の空にあってもきっと、きっとその色であるのだけれど、今、この時間だけ、ふっとほんとうの姿を見せてくれているだけ。
まるで世界の守護者みたいに、天空を丸ごと包み込むように、もくもくと芸術じみて厚く、それでいて軽やかに風穴を空けてすっと奔り抜ける。
濃紺に近く陰ったり、薄桃色に明く突き抜けたりしながら、目には捉えられないほどの速さで、ゆっくりと、ゆっくりと。
きれいだ。
ネロにはその、空の奥からこっち側に向かってぎゅわっと駆けてくる東雲の、その紫色こそがその雲にとってとても美しい姿なんだと思えた。理屈ではなく、どうしようもなく、そうなんだ、彼の色が好きなんだ。
「……きれいだな」
そうしたら、彼のその色をネロの瞳へ映し出す、あの黄色い光はいったい誰のものなんだろう。この世界のどんな思惑が、彼のいちばん綺麗な姿をこのネロの目に見せるのか。
そんな問いがふと頭を過ったけれど、所詮、スポットライトは、スポットライトだ。ネロの意識はまたすぐに黄色い朝日から逸れてしまって、際限なく、深くやわらかな桃紫色に奔る東雲の方を見つめていた。
ネロが焦がれているのは、彼を助けているその誰かじゃなくて、誰に支えられてきたのだとしても、今、ここで、ネロの心に彼を愛しむ気持ちを与えてくれた、ファウスト自身なのだから。
ネロの瞳には――琥珀色の地がふちに向かって青くグラデーションする、まるで明け方の空のような色の瞳には、彼がファウストに重ねて想いを寄せる、紫色の東雲が映り込んでいた。