クリスマスに幸せなことなんてなかった。
家庭はあったが家族仲が良いわけでもなく、子どもである自分は最低限学校に通わされた程度だった。家庭の中の大人からいい意味で構われた記憶も愛情を施された実感もない。きょうだいもいたが、親密で情深いような関係はその中の誰とも築かなかった。
長じてそこから抜け出した先で、悪いグループに身を置いたこともあった。彼らは人はいいが善良ではなく、自らを善とは縁遠い人間だと思っていたネロには丁度いいように思われた。けれども彼らが重きを置いているのは〝強さ〟だった。〝力〟が彼らの旗印であった。ネロにはそれが耐えられなかった。耐えられなかったのだと、そこを離れてから知った。
ネロのクリスマスに幸せはなかった。いい子でないから、サンタクロースは来なかった。強くないから、束の間の幸せを手放した。この期に及んでも、強くありたいと望めないから、幸せを手放したことを後悔できなかった。
幸せをなどったクリスマスソングが、愛らしく、陽気に、肌にぶつかってはネロの外の世界を流れていく。
薄っぺらな紙は案外、鋭く皮膚を切り裂くものだ。
切り裂かれたのだと、彼自身に咄嗟には気付かせぬまま。
――果たして、これと同じ景色だったのだろうか。
そうネロは思う。
あの灰色の世界に存在した景色と、今目の前のこれは、本当に同じ地平にあるものなのか?
まるでいつもとは違って見えるのだ。空気が、音色が、世界の近さが。粉雪を含んで髪を擽ってゆく風の質感さえも、冷めた仕打ちなどではなく、気安い冷やかしみたいに感じられる。気力を奪っていくばかりだった外気温だって、この火照る心を抱えた身には寧ろ丁度いい気さえした。クリスマスソングはアイロニーじゃなく、イルミネーションは目を焼かない。世界から弾かれない。浮かれた街と同じ速度で、ネロの足取りも弾んでいい。
そう、去年までとはまるで違う。ネロはまるで世界に受け入れられているみたいだった。この地上に居場所があるようだった。
今の、ネロには。この両手いっぱいに買い込んだ食材を抱えて今から帰り着くその部屋には。
温かい、穏やかな、自分の居場所が。
「こんにちは、ネロ」
ファウストがネロの家にやって来たのは、約束よりほんの少しだけ早い時刻だった。予定のない待ち合わせなら敢えて遅めに訪ねてくれることもあるけれど、今日はネロが夕食を用意していると分かっていたから、冷まさないようにと気遣ってくれたのだろう。
「流石のタイミングだよ、先生。そろそろあんたの好物も焼き始めようかなと思ってたんだ。どうぞ、上がって」
ネロはどきどきしながらファウストを部屋へ促した。帰るのは夜になるだろうし、そうしたら外はもう寒いから、あんたがもしよければだけど泊まっていったら、と口にできたのはやっと昨日のことだった。ただただ一緒にいたいだけのつもりにもかかわらず、何だか決死の面持ちで誘い掛けてしまったネロに、ファウストは幽かな笑顔で頷いてくれた。そんな彼は今日、普段ふらっとネロの部屋に寄るときよりも、少しだけ大きな鞄を携えていた。
「お邪魔します。……そこの通りを歩いてるときから、もう、いい匂いがしてたよ。楽しみだ……」
「へへ、期待に沿えるといいけどな」
ふわふわ柔らかい声で呟くファウストの姿に、ネロの頬もとろとろ緩む。どちらかというと気難しい普段の顔とは違い、今日はころりと身内に甘える猫みたいに柔らかな雰囲気を湛えてくれていた。気難しいファウストのことも勿論好きだけれど、楽しみだと言いながら本当に楽しそうに笑ってもらえたなら、それはそれで素直に安心するものだ。
外は寒かったろうから、暫くヒーターの前で温まっていてほしかったのだけど、ファウストはキッチンへ引っ込もうとするネロの後をとてとてとくっついてきた。「ネロ」、振り向くと、彼は他の人にはしないような近さまで、甘えるようにネロの方へ歩み寄ってきた。抱えていたトートバッグの皮を剥いて、その中身をこちらへ見せる。
「これ、お土産。今日はお招きいただきありがとう」
「おっ、すげえ! 美味そうなワインじゃん。つうか重かったろ、悪いな。シャンパンの後で開けようぜ」
「うん」
まだ巻いたままのマフラーに半分埋まっている小さな顔が、十二月の室温のためにぽっぽと薔薇色に火照っている。
ふわふわ癖を帯びた茶色い猫っ毛や、いつもしている大きめの伊達眼鏡のフレームの合間から、隠れんぼしながら焦らすみたいに紫色の視線が覗いている。濃い睫毛が、ネロの部屋の何の変哲もない照明を弾く度、きらきらと目眩のするような繊細で煌びやかな光を放つ。息を詰め、眩しくて目を細めるネロの前で、ファウストは目尻を下げたあどけない顔で笑っていた。
ファウストと出会って一年と少しになる。互いに人付き合いが苦手で人嫌いなところがある分、初めの頃二人の仲はとても素っ気ないものだった。そもそも、ネロのやっている店に偶々お客としてやって来たのがファウストだっただけなのだ。
そこから何がどうなってそうなったのか、今思い返すと全く奇妙としか言い得ないのだけれど、人嫌いな筈のネロはあるとき、同じく人嫌いを露わにしていたファウストに対して踏み込んだお節介を焼いてしまった。それをなぜかファウストは拒まなくて、ネロにはそのことがわけの分からないくらいに嬉しくて、それからはもう転がり落ちるように恋に落ちた。
こんなふうに誰かと深い仲になりたいと、心にまでそっと触れてみたいと、自分が欲するようになるなんてネロは思ってもみなかった。いや、そう願ったとしても己の身の程を知るがゆえに諦めて、そんな欲も見なかったことにしてしまっていた筈だったのだ。今までのネロならば。
だけど、なぜかファウストのことは、放せないと思った。漸く出会えたと思ったのだ。こんなにも自分にしっくりくる相手に、人生の中でたった一度でも出会えるなんて、他でもない自分なんかにこんな機会が訪れるなんて、奇跡かさもなくば運命のバグだと思った。信じられないようなことなのに、ファウストの隣があまりにも自分にとってしっくりきすぎていたものだから、却って、こうなったのは全く自然で当然のことだというふうに錯覚さえしてしまうほどだった。
そんな奇跡みたいな相手が、今のネロの恋人で、ネロの世界を色鮮やかな方へと掬い上げてくれる、無二の安らかな居場所なのだ。
シャンパングラスを呷りながら、さりげない素振りでテーブルの向かい側を見遣る。
パプリカとリーフサラダでクリスマス仕様の色取りになったガレット。ファウストはそこへ丁寧にナイフを入れて、いつもとは少し違う中身の具を覗き込んでいる。繊細な生地をフォークで器用に持ち上げて、緩んだほっぺの内側に含む。もくもくと噛み締める。伊達眼鏡を外して窺いやすくなった素顔が、ふにゃふにゃ、きらきら、まるで妖精の羽から零れ落ちたみたいな黄金色の鱗粉を弾いて、見るからに生き生きときらめいていた。
「……あのね、ネロ」
「うん?」
思った以上に綺麗に平らげてもらえたお皿を引き揚げて、二人で並んで洗い物をして、それぞれシャワーも浴び終えて、温めたワインを傾けながら小さなソファでぼんやりと談笑しているときだった。
ファウストが柔らかくネロを呼んだ。字面こそやや改まってはいるけれど、それを聞いたネロが肩を強張らせて身構えずに済んだのは、ファウストの声が今夜の流れを確かに引き継いだ、優しくて、和やかな、明るい色をしていたからだった。
「きみに渡すものがあるんだ」
ファウストはあのいつもよりも大きな鞄の中をごそごそやって、細身の彼が両腕に一抱えするくらいの大きさのショップバッグを取り出した。それを抱えてソファへ戻ってくると、どこかの何らかの店名が書かれたその外側の袋を、ふわっと取り去った。
「――素敵なディナーをありがとう、ネロ。どの料理もとても美味しかったし、きみと二人でご飯を食べる時間は本当に楽しかった。今夜のためにたくさん手間と時間を掛けてくれた、その対価としてはとても足りないけれど……これは、僕からのお礼のつもり」
深緑色のラッピングバッグに、赤と金色のリボンがずっしりと、軽やかに括り付けられている。
どう見ても、クリスマスプレゼント、だった。
「……ごめん、ファウスト、……」
ネロは咄嗟に俯いた。
「俺、……あんたに何も用意してねえや……」
「僕はもう貰ったよ。これは料理のお礼だって言っただろ」
差し出される綺麗な包みから目を背けることしかできないネロに、ファウストから返ってきたのは焦れたような声だった。なだらかだった夜の空気が、一気にふっとぎこちなくなる。ネロは思わず、その固さに身を竦ませた。
すると、その拍子に僅か震えた肩に気付いたのだろうか。繊細なファウストはネロの隣で、弱ったようにふやけた溜息を落とした。「……僕の好きなガレットまで作ってくれていて、驚いたけれど、嬉しかったよ」。照れたように呟く声が聞こえて、漸くネロははっとした。
受け取らなきゃ。ネロが一人でびっくりして固まっている理由なんて、ファウストには分かるわけがない。ファウストが差し出してくれているのは純粋な厚意だ。彼の礼儀なのだ。それならば、差し出されているネロがしっかり受け取らなくちゃ、収まらない。ファウストの気遣いを無下にしたいわけじゃない。ネロは必死で自分を叱咤して、漸う腕を持ち上げると、そっと、プレゼントを受け取った。ふうんわりと軽くて、柔らかい手触りの包みだった。
「……ありがと」
張り付く喉を開いてどうにか礼を言うと、ファウストは根に持った様子を見せず、こくんと頷いてくれた。
「どういたしまして。……本当は、きみの負担にならないような、消え物がいいのかもとは思ったんだけど。でもまあ、これならマフラーとか手袋だとかのようには、僕と会うときに身に付けておかなきゃなんて気を遣わなくてもいいだろうし。要らなければ返してくれてもいいけど、まあ普通に使える物だとは思うし……」
ファウストがぶつぶつ言う。それを聞きながら、ネロはじっと赤と金色のリボンを見つめて、さて、思い掛けず困り果てていた。困って、ファウストの呟きがふと途切れたところでそっと上目遣いに窺う。「……開けていいよ」、視線に気付いたファウストからお許しが出たところでネロはほっとして、ようやっとリボンに手を掛けた。そうっとした手つきでそれをほどく間、ファウストもネロもなぜだか一言も発さず、息すらも潜めているかのように、静かだった。
「……わ……」
沈黙を破ったのはネロの小さな歓声だった。深緑色の袋からもこもこと出てきたのは、ワインみたいな深い赤色に、ざっくりと大きなタータンチェックの入ったふあふあの布。……ブランケットだった。
思わず、手の上に乗った物へじっと視線を落とす。目が離せなくて、言葉も出てこなかった。贈り物を見つめたまま不躾に黙りこくるネロのこめかみに、ファウストの声がいかにも手持ち無沙汰そうにぶっつかってきた。
「……キッチン用品なんかは確実にきみが自分で買う方がいいだろうし、さっき言ったように身に付けるものは却って負担になるだろうし、捨てるにしてもあまり面倒でないもの……それに、きみはお昼寝が好きだろ。読書もよくするし、寒さがあまり得意じゃない。……だから」
相変わらず言い訳じみた説明を滔々とするファウストは、何だか注意を受けた子どもが自分なりの真意を必死に釈明しているようにも見えた。彼は、彼の言うとおり、きっとすごく悩みに悩んでこれを選んでくれたのだ。
悩んでいる時間の長さだけが価値を生むわけではないけれど。それでも、ファウストがネロのいないところで真っ直ぐにネロのことを考えてくれていたのだと思うと、その事実だけでどうにかなりそうなくらいに、ネロの胸はぎゅうっとなった。ときめく、鼓動が逸る。……ああ、嬉しい。今、俺、もしかして、嬉しいんだ。
ネロは漸く得心した。ファウストから、プレゼントされて、自分のことを考えてもらえて、大切にしてもらえたことを、素直に嬉しいと思ってる。嬉しいと思えた自分に安堵して、それから、喜びを自覚できるくらいには心が状況に追い付いてきたんだということも理解した。嬉しいんだ、と分かると目の前の解像度がぐっと跳ね上がって、包装を解いたブランケットの細かな毛羽立ちの感じ、困ったみたいに目を泳がせるファウストの、あどけない瞬き、ほっぺのふんわりまろい感じ、唇の形のかわいい感じ、そういうものに一気にぐっと心が近付く。近付くともっとたくさん分かる。温度、匂い、手触り、そんないろいろ。そうしてまたどんどん好きになる。
「……あったかそう。それに、真っ赤だ」
感情を思い出した心がほどけて、漸く、感想らしきものが口を衝いた。とても拙い語彙ではあったけれど。ネロの持ち物にはあまりないような色合いが照れくさくて、呟いたら、ファウストはネロのその反応を予期していたかのように頷いた。
「敢えて選んだ。きみには、温かい色も似合うんじゃないかと思って。きみ自身は青色が好きなんだろうなってことは、何となく分かってはいたんだけれど……」
「……似合うかな、俺? こんな、あったかくて、いい色……」
「……きみは温かい人だもの。僕はそういう色を纏ってるきみも好きだよ。それに見た目っていうのは馬鹿にならなくてだな、先ずは視覚から赤色で暖を取り青色で涼を取る、そういう一見素朴な工夫は案外重要なんだぞ、聞いてるのか、おい、ネロ、そんな締まりのない顔をして」
「うん……うん。あんたの顔も、真っ赤でほんとにかわいいな……」
「は? うるさい。赤くない、茶化すな」
素直に褒めるとファウストは、ますますほっぺたをぽぽぽと染める。かわいいなんて言葉では足りないくらいに、本当にかわいくて、かわいくて、かわいい。
「見てると、なんか心がぽかぽかしてくるんだって。確かに大事みたいだな、色ってのはさ」
くすくす笑って返せば、ネロがちゃんと話を聞いていたと分かって突っかかる種がなくなってしまったと思ったのか、ファウストは口を噤んで、ローテーブルでぽつねんとしていたホットワインを啜った。
「これ、おっきくていいな。膝掛けにもよさそうだけど、全身すっぽりくるまれそう。……早速、使ってみてい?」
「……お好きにどうぞ。きみの物なんだから」
ファウストのつんっとした照れ隠しが、甘ったるくネロの胸の中を擽る。ネロは年甲斐もなくうきうきしながら、ふあっとブランケットを広げてみた。買ったばかりの物だから気の所為なんだろうけれど、何となくファウストの匂いがする気がして、そわっと鼓動が跳ねる。嬉しいな。……嬉しい。浮かれるままいそいそと羽織ってみたら、やっぱりネロの体格でも無事、みのむしになりきることができた。
「ファウスト」
ネロは隣にいる人の名前を呼んだ。優しく呼ぼうと思ってはいたけれど、それにしたってその意図をも飛び越えた、それは、自分でも恥ずかしくなるくらいに甘ったるく、あからさまに恋に濡れた声色になってしまっていた。
「……おいでよ。一緒に温もろーぜ」
ひゅお、と、人の声が消えた部屋に風の音が届く。窓の外では冬の空がやや羽目を外し始めているようだった。
ファウストが来たときには雪は降っていなかったけれど、今カーテンの外は果たしてどうなっていることか。……ホワイトクリスマスかどうかなんて、そういえば今まで意識したことなかったなとネロは一人苦笑した。同じブランケットにくるまった、ファウストが不思議そうにネロを見上げる。
「……俺、クリスマスプレゼントなんて貰ったの、生まれて初めてなんだ」
「……そうだったか」
ファウストはさらりと頷いたきり、何でもなさそうに視線を外した。けれどもその横顔が、繕いきれない緊張を滲ませていたから、気の優しいひとだよなあとネロは改めて思う。この歳になって今更同情されるようなことでもない。だけれど、ファウストのそういう心と、それからその同情心を本人には見せまいとする誠実な気遣いとは、いつもネロを居心地良くさせてくれた。
好きだなあ、と思う。思ったら、おちゃらけを演じるまでもなく心から明るい笑みが漏れた。
「はは。……しかしどうしたもんかね。最初に貰ったのがこんないい物だったら、今後の人生で貰うプレゼントのハードル、俺の中でめちゃくちゃ上がっちまうなあ」
それは完全に軽口だったし、そして同時に本音だった。
ファウストの他に、ネロとプレゼントを交換してくれる人なんてもう現れるか分からない。ひょっとしたらこのブランケットが、ネロが誰かから貰う最初で最後のクリスマスプレゼントなのかもしれなかった。そしてネロは、それでいい。人生でたった一度きりのプレゼントが、ファウストのくれたこんなにも優しい温もりならば、寧ろ自分の身には余るくらいの幸せだと思えたのだ。
そういう本心を混ぜ込んだ、軽口のつもりだった。それなのに、明るく相手を茶化すような口振りを装ったら、ファウストから返ってきたのは思いも寄らない返事だった。
「やめろ、プレッシャーを掛けるな。……まあ、勿論、善処はするが……」
もそもそ呟く声を聞いて、ネロの胸はふっと詰まった。
――来年も、ひょっとしたらその先も、ファウストはネロにプレゼントをくれるつもりなんだ。
ネロは、ファウストのことは、手放せない。彼への想いだけは、他のものと同じように諦めて捨て置くことなんてできやしない。そう思って踏み込んで、手を取って想いを伝えたのは本当だ。けれどその一方で、ネロはこの先の見通しなんてものは立ちそうもないとも思っていた。いや、立たない、というよりも、立て方が分からなかったのだ。
この一年とちょっとの間、ファウストと一緒にいられたことは本当に嬉しかった。けれど、来年の今も同じように、共に過ごしてこられたことを彼の隣で喜べるとは思えなかった。いや、別れたいと考えたことはただの一瞬だってない。それでも、大切な人との未来を夢見るやり方というのを、ネロは分からなかった。知らないのだ。その術を。ネロは、誰かと長いこと一緒にいるという自分の姿――来年も再来年も、同じ人の隣で笑っているという自分の姿を、上手く想像することができないのだった。
ところが、ファウストはネロの想像できずにいた未来を、当たり前みたいに思い描いて口にしてくれた。
その瞬間だった。ファウストの言葉をきっかけにして、ネロの中で、今まであれだけ困難だった想像が、ずっと霧の奥にぼやかされていた己の欲や望みが、嘘みたいに鮮明に姿を現し始める。まるで手が届きそうに、ネロが望めば大切に持ち続けることだってできそうなくらいに、はっきりと見えてくる。
ああ。
ネロは目を細めた。ファウストといたい。来年も、その先も、俺はファウストと生きていたい。あんたに料理を振る舞って、毎年頭を悩ませてくれるつもりらしいプレゼントを受け取って、きっとその度に照れるんだろうあんたに素直にかわいいと言って、怒られて、それから二人でこのブランケットにくるまりたい。この、初めてファウストがくれたあったかなプレゼントにくるまって、今日みたいに、そして今日までよりももっといろんな思い出を作っている筈のこの時間の先で、それでもきっと相変わらずに、穏やかな気持ちで笑い合いたい。
そんな未来を、願ってもいいんだ。
気付いて、ネロは震えた。胸がどこどこと熱くて、目の前が眩しかった。抱き締めてもいい、と突き抜けるような衝動のまま耳許で囁く。ファウストはびくんと小さく震え上がって、それから何も言わないまま、真っ赤に茹だった顔をネロの肩へぱたりと伏せてきた。ネロは震える手でブランケットの端を引き寄せながら、絡め取ったファウストの身体を両腕でぎゅうっと抱きしめる。
……ファウストの細い指先が、ネロの脇腹の辺りをうろうろと這って、やがて背中に回るとぎゅうっと、重たいくらいに力強くしがみ付いてきた。
同じくらいに跳ねている心臓が、同じようにぽかぽかしている二つの身体の境界線で、とくとくとくとく鳴いている。きっと同じ夢を見ている心を、照らし合わせたくて、分け合いたくて、抱き締めて抱き返し合っている。指先で辿る。頬に触れる。……いい? って言葉で訊いてから、そっと唇どうしでキスをした。
ネロの居場所はここにある。ファウストが作ってくれる穏やかで、優しくて、明るい、ネロだけの特別で大切な居場所が。
ファウストの隣にいる限り、これからも、ネロのクリスマスはきっとずっと幸せだ。