「はは、いい生徒だろ?」
自分のことをそんなふうに言って笑うネロに、ファウストは首を振って見せた。
何といってもネロの自称の根拠は、彼が今夜、酒やお手製のつまみを用意して、ファウストの誕生日を祝ってくれるつもりなことにあるのだ。
「そんなことをして僕を誑かしてくるから、きみは〝悪い〟生徒だよ」
ファウストは一言だけ言い切ると、すぐに口を閉じて、ネロのほっぺたに指先で触れた。固まったネロが驚いた顔をしたのを確かめてから、そこを大胆にてのひらでふにふにと揉み込む。ネロはふかふかのパンの中身とか、もちもちのうさぎのマシュマロみたいな、白っぽい肌色をしている。その見た目に違わず、彼のほっぺたはとてもふやふやして手触りがよかった。
「ふゃ、ふぁうふほ……」
「あはは、かわいい、ネロ」
両側から頬をもにもにされて、ネロは発音がままならない。それでも、恥ずかしそうなまなざしでじっとファウストの目を見つめてくるから、ファウストもじんわりと照れて肩を竦めた。
「……ねろ」
「……、ん……」
いたずらな動きを止めて、今度はぴったりと、その両手でネロのほっぺたを包み込む。こつんと衝動のまま額をくっつけたら、ネロの方からも、食い気味に応えて押し返された。
「ふふっ、猫みたい」
「……? あんたが……?」
思わず笑ったら、ネロが酔っ払ったみたいな顔をしてぼうっと首を傾げた。ファウストは、近すぎて焦点の合わない瞳を、真っ直ぐに見つめ返して答える。
「きみが。猫って、いろんなものに額をこすり付けるだろう。世話をする人間の足にも擦り寄ってくることがあるが、あれは甘えているんじゃなくて縄張りに匂いを付ける行為なんだそうだよ。オーエンから聞いたことがある」
「オーエンから……。……けど、あんただって今、おでこくっつけようとしてきただろ……あれ? 俺の気の所為……?」
「うん、気の所為だな」
「えっ……あっ……わ、はっず……」
軽口の遣り取りの末にネロが素直に顔を赤くするから、ファウストは信じられないような思いがしていっそう深く笑んだ。愚直に上がり切った愛しい体温を、手のひらで直に感じ取りながら。
「ふふ、嘘だよ。気の所為じゃない。僕もきみと同じようにしたよ。僕がそうしたかったから」
「……ふうん」
まだ太陽が昇り切ったばかりの時間で、酒なんか一口も含んでいない筈だ。なのにネロは、やっぱり酔っ払ったみたいに頷いて、それから安心した顔でそっと微笑んだ。
「じゃ、先生も猫?」
「……どうかな。きみが猫なら、僕もそうなろうかな」
「じゃあファウストも、俺のこと、自分の縄張りにしたいって思ってくれてんだな……」
その、独り言のような穏やかな呟きに、ファウストの胸はぎゅっと引き絞られた。
ネロは、まるで裏なんかなさそうに、彼らしからぬあどけない笑顔を見せている。ほっぺたをいたずらされてもちっとも動かなかった、彼の空っぽの両手が、いつの間にか持ち上がってファウストの髪の毛をくしゃっと撫でてくる。
それから我慢が利かなかったみたいにいきなりぎゅっと抱き締められて、だからファウストもそれに食い気味に応えた。躊躇わずに両腕を伸ばして、ネロの背を強く掻き抱いた。
「……したい。し、僕のにしたい」
「もうあんたのだよ。ファウスト、俺のこと、あんただけの居場所にしてね。これからも」
どう考えても浮かれ切っている。そんなネロの声が、耳から、そして肌の触れている全身から、こちらの熱を余すことなく浮き立たせてくるから、何だかファウストまで彼と同じように、甘ったるく煮詰まった恋に呑まれて朝から酔っ払ったみたいになってしまった。
どの子わるい子かわいい子
