尼姉

そう。

「……私と寝て、楽しいのか」
 不意にそう言ったのは外から表情の読めない声、静かな声だった。晴久は途端むすっとして頼綱の首筋にくちづけるように顔を埋めてしまったから、頼綱のほうでも相手のそれ以上の表情は分からなくなる。
 晴久のくちびるはそのまま滑るように頼綱の耳の裏を吸う。指が髪を絡める。頼綱のくちびるは薄くひらいてちいさく啼く。指は晴久のその露わな手首へと縋る。
 晴久は暫くして、つと顔を上げた。先程と変わらない表情のままで、横目気味に頼綱と視線を合わせた。
「……お前、俺と寝て楽しいか」
 淡々と、淡々と紡がれた。頼綱はそれを、真正面から受け留める格好になった。
「――ああ……ああ、そうか」
 そう呟いたのは、僅かな揺らぎの乗った声だった。静かに、ふとかんがえるように瞳を流し、睫毛を伏せ、そして幽かに震わせる。つぎにじぶんの上へ覆い被さる男を見上げたときには、その声には、少し血が通った。
「そう……すまなかった」
 柔らかい詫びが贈られる。じっと相手の目を見詰めているのは頼綱の癖だった。
「、……おう」
 端的な許しが返される。ごく短く空いた間のうちに、言葉にはしない照れや動揺を圧し殺すのは晴久の癖だった。
 刹那に湧いた初心な甘さを振り払うかのようにぎゅと眉根を寄せると、晴久はぐいと頼綱の真上から顔を寄せた。
 少しだけ、額をこつりとくっつけ合わせる。
「……そういうことだから」
「……ん」
 駄目押しのように囁かれたのは、まごうかたなき睦言で、素直に頷いたひとひらもまた、睦言に外ならない。
 どうしたって振り切ることはできなかったらしいやわらかな砂糖水の洪水が、重なりあう唇から染み出して、淡く、淡く、ふたりきりの恋人たちを濡らしてゆく宵。

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