遠く、視界を包むように潮騒が響いている。それは浜に、自分に近づくごとに無音になっていき、そして座り込んだ爪先に掛かったときには、それまでとまったく違う、ちゃぷん、と軽くどこか可愛らしい音を立てるのだった。
すうう、と足下の真砂をごっそりと攫って引いてゆく波をじっと見送っていると、背後から何やら近づいて来る音がした。
――さ……さ、さ、さく、さく、さくっさくっさくっ。
がばっ、と後ろから抱き締められた。振り返る暇はなく、こちらの身体を掴まえた手に目許をぱっと覆われる。
だーれだ、と、耳の縁で、いたずらっぽい笑みを含んだ声が囁いた。
広い白い、砂の世界に二人きりだ。頼綱はわざと、ううん、と少し首を捻って考え込む素振りをしてから、言った。
「……私の大好きで、とても大切なひと、だ」
「……それって、〝俺〟のこと?」
目隠しは外さないまま、出題者は用心深くこちらの解答を確認してくる。妙に律儀なその雰囲気が慕わしかった。
「間違いなくお前のことだな、晴久」
いたずらを仕掛けてきた相手と恐らくは同じくらい、楽しげに、微笑んで少し振り返ると、それに応じるようにゆるゆると目隠しの手が外れていく。
視界に映った彼は、しかし頼綱とは逆に眉根を常よりも寄せていて、けれども怒ったふうではない。ちょっと困っているような。頼綱は彼のこんな顔を、共にいるとき、よく目にする。
「……ずりぃ……」
「ずるい……? 何がだ」
こちらを見詰めて呟いた晴久の言葉に、今度は素振りでなく首を傾げる。「ちゃんと、お前だと言っただろう」
「っ、……うん……うん……それがだよ……」
それが狡ぃんだよと、片手で次は自分の目を覆ってそっぽを向いてしまった彼の、耳は僅かに朱が差しているような。――そう、頼綱がよく見る、彼の照れた表情だった。
「っ、」
ざざ、と鳴く波音に混じることなく、彼が息を呑む音は確かに頼綱の耳に届いた。
背中から抱き締めて、彼が瞼に置いている手の上から、そっと、自分の両手を重ねていた。
恋人に仕掛けられたいたずらを自分でなぞってみるのは、触れたい愛おしさと、それから、少しのかなしい欲のためだ。
願わくは、ひょっとしたら、同じような言葉を返して、ほしくて。
……さあ。後はあの問いかけを、舌に乗せるだけ。それで、真似っこの完成だ。
あくまでも真似っこ。断じて、いたずら。だから。震える声を抑えて、淡々と、小さく、囁いた。
「だ、れだ」
「――俺が世界でいちばんキスしたいひと」
片腕を掴んで、力強く引かれた。顕になった瞳に、まるで身体の最奥の熱を抉り出そうとでもするかのように、深くふかく射抜かれる。
思わず呑み込みかけた呼吸は、刹那重ねられた唇へごくりと優しく奪われた。