「こりゃあこりゃあ」
その人はぴたりと手を止めた。手ずから運んでいた大きな荷物を降ろし、背後から掛けられた声の主――つまりこちらを振り仰ぐ。
その顔を真正面から改めて目にし、官兵衛はやはりと口の端を上げた。
「やっぱりお前さんか。どうにも場に似つかわしくないキレイな坊ちゃんがうろついてると思ったよ」
官兵衛の軽口に他意はない。そう言えば人は先ず疑うだろうが、本当に他意はないのだ。
「うろついてるとはなんだ。しっかりがっつり働いてんだろうがよ」
しかしその親和の呈示を汲みきれなかったのか、案の定今回の対話相手も厭そうに眉を顰めた。
低い声で言い返してきた彼――晴久は、常の姿からは考えられないほど質素な着物をさらに土埃で汚し、汗の滲む額へは手拭いを巻き付けている。形だけみればそれは確かに下働きの作業員なのだ。
「ああ。見事にこき使われてるねえ。なんだい、ついに国主を売るほど国が傾いちまったってのか?」
「ついにってなんだ。冗談でも殺すぞ」
「冗談でも殺すとは言うな」
「冗談ではねえよ」
小粋な洒落に本気の殺意を返された官兵衛はひょいと肩を竦めた。自らの手枷から伸びた鉄球にどっかと腰を下ろすと、晴久が諦めたように、または呆れたように、自分も運搬途中だったずた袋を座布団にした。
「実際のところ、何しに来てるんだ、お前さん」
「……お前に教える義理はねえ」
「まあそうだがよ」
「売り飛ばされたわけじゃねえことだけは確かだ」
「ね、根に持つなよ……悪かったって」
晴久はふうと息を吐いた。なんだかその尾っぽが少し揺れた気がして、……ひょっとして笑ってる? 官兵衛は一杯食わされたのかもしれなかった。
「……しかし、なんだな。お前さん存外行動派なんだな」
「褒められてんのかな、それは」
始めより幾分毒の抜けた軽い調子で晴久が相槌を打つ。
官兵衛は頷いた。
「なんの事情があるかは知らんが、お前さんみたいに気位の高すぎるくらい高い奴が、他人の城下に下人として自ら潜り込むなんて。突拍子もなさすぎて、こんなにスカッとする話はないだろうさ」
「……どこが褒めてんだよ」
貶してんじゃねえか、と脹脛に蹴りが入る。褒めてる褒めてる! と本心から官兵衛は弁明する。
「それにお前さん、それ似合ってるぞ」
「はあ? 何が」
「そういう、なんていうんだ……仕草、が。小生はてっきり、お前さんはもっと……口だけの奴なんだと思ってたんだよ」
晴久は黙り込んだ。少し目を逸らすその所作を、官兵衛は珍しげに眺める。
彼はやがて、脚を組み替えながらこちらへ目を戻した。
「そうじゃねえって実証できたってわけだな」
「そうだな」
官兵衛は小さく苦笑した。晴久はそれに苦言を呈したり、眉根を寄せたりすることはなかった。
薄い風が流れて、肌をひんやりと撫でてゆく。
「お前さんもそのまんま泥臭くなっちまえばいいのに」
なんとなく穏やかな気持ちでそう呟くと、「お前とは違うからな」と、同じくらいに静かな声が返された。
「お前は、それでいいんだろうさ」
穏やかな、笑みさえ含んでいそうな和やかな目がこちらを見据えて言う。
官兵衛は一刹那、己がそれを伏せた。
「お前さんのことは嫌いじゃないぞ、小生は」
そう言ったとき、官兵衛は彼を見ていたが、晴久は憮然としたような顔になると態とらしさ極まる態度でもって目を背けてしまった。
知ったような口。
