御伽噺コンビ(尼+姉)

因り

 左右の地面へ不揃いに連なるのは、白肌のつるつるとした木だ。高い。見上げる。……葉。自分の領内にはごく限定的にしか存しないその深く幻惑的な色は、ちらちらとした間をもちながら、幾重にも重なって、上へ上へと梢を深めてゆく。
 前方の気配が変わっていることに気付いて、上向けた視線を地面と水平までに戻した。じっと二の眼がこちらを見詰めている。
「……」
 頼綱は何も言わなかった。地形に不慣れな晴久の先に立ってただ歩いてくれた彼は、不意に道草を食ったこちらを咎めるでも何を言うでもなく、やはりただじっと待ってくれている。
「……悪い」
「……。いや」
 何も言わぬような、彼のそういうところが好ましいと思った。だから晴久は、彼のそういう仕方を否定することになる謝罪ではなくて、あくまで彼の歩みを促すためのきっかけとして言葉を投げたのだ。すると頼綱はなんだか彼のほうこそ今しがた夢から覚めたような妙な間を置いて、やはり言葉少なに返りをした。
 たった一言。その深い声を森で聞く。
 晴久は己が腑に落ちるものを知った。
 ――頼綱の声はここで生まれるのだ。ここで、森で発せられるべきものなのだ。
 平生から彼は森へ心寄せて過ごすと聞く。晴久はその事実を話で聞いただけだ。けれども現に、そんな頼綱の低くまろい声は、異国の森にてもほとほとその内へ溶けゆくごとく晴久の耳にもたしかに思われたのだ。
 森の深さに浮かず、さりとて死なず、ただ埋もれて存するために育まれたような声。それは疑うべくもない、彼と森とを結ぶ因果の根の深さだった。
 頼綱はかんばせを振り向けて、またおもむろに歩きだす。森に養われ森のために映える声。この場に今にも溶けうる彼の背が、この場に遥か縁遠い自分を穏やかに導いてくれることが、砂漠の王たる晴久には今更に不思議でならない。

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