尼子晴久

天晴れて、鳥駆ける秋

「晴にいさま! 秋ですよ!」

「空が高いです!」
「夏よりは低いさ」
「そうでしょうか」
「秋は高いというよりも広いんだ」
「ああっ。だからいっぱいに腕を広げて、坂を駆け下りたくなるんですね!」

「飛べ、鶴よ!」
「うわあああっ。すごいっ……すごいです、にいさま! わたし、ほんとうに飛んでいるみたい!」

 * * *

 小柄な少女を背なに負って広い坂道を駆け下りる華奢な少年を見た。少女の細い脚とスカートの裾とが、秋の空気に激しく遊んでいた。今に身体ごと飛んでいきやしないだろうか。そんなことを思う間に二人の姿はもう見えなくなってしまっていたが、彼があの雛鳥の手を放してしまうことは、万一にもないだろう。

「……あんまり無茶な遊びをするもんじゃない」
 舗装道の脇へ広がる原っぱに、四肢を大きく投げ出して倒れている少年少女へ声を掛けた。
 長い坂道の終わりに、彼らはブレーキを踏んで留まる代わりに路肩の草の上へ思いきり身を投げ出すという強攻策をとった。たしかに晴久は鶴姫の手をつらまえたままでこそいたものの、考えてみれば突拍子もない遊びに溌剌と興じていたのだ、彼の気性が僅かにも無鉄砲でない筈はなかった。
 官兵衛はこっそりとかぶりを振った。
「……おい、聞いているのか、お前さんたち」
 傍に立ったまま官兵衛が見下ろす先で、この肝を一瞬でも冷やした清かな雫どもは、少年少女の目尻であっけらかんと眩く光っていた。――彼らは、涙を浮かべて笑い転げていた。
 綺麗な泉の水のごと湧き止まない豊かな笑声だった。その淵へ、諦めて、官兵衛はどっかと腰を下ろした。
 ごめんなさい、ごめんなさい。近づくと、微かに二人の口からそれぞれ、そう聞き取れた。泡が弾けるような、遊びの余韻である音の合間に、細々とそれらは官兵衛へ向けられていたのだった。
 それを悟ると、官兵衛は息を半分詰め、それから、大きく吐き出した。
「……――、……」
 呆れ返って、言うべき言葉を掴みあぐねた。
 持て余したので、官兵衛は、未だ草の上に寝そべる少年少女を勢いよく引き起こすと、その身体たちを自らの腕の中へ、物言わぬままぎゅうと抱き留めた。

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