ガク刀

釣り合いしかねえんだ

「とやさん新しい服似合ってんねえ」
「……ん! そうでしょう」
「おー。……最初の頃はオレがよく選んだりしてたもんですけど。自分でおしゃれするようになったんだなーってなんか感慨深いね」
「……まあ、そうですよ。もう自分でこのくらいもできるんだから僕は」
「……んん。ふふ」
 そっかあ、と思う。まさか寂しさなんてことはないだろう。この感覚は。
 袖の長いふわふわしたカーディガンと、それに合わせて毛先をふわふわさせた髪。昔みたいに照れるあまりおしゃれを否定することもない。堂々とそこに立ってる、歳下の相方。
 本当に綺麗だ。彼の選択はとっても彼に似合っている。いつか伏見が選んであげた服に袖を通したときと、二人で遊ぶために待ち合わせた今日と、その瞳の輝きはまったく違わずいつまでだって目映いのだけれど。
「……ガクくんから教わったことではあるけどさ」
「……んぇ?」
 何の話だっけ、とぼんやりしていた焦点を慌てて刀也さんの顔に合わせる。そして違和感を覚えた。なんだか刀也さんの表情が、……暗、い? ……いや。
「僕だって、ちょっとは物にできてるでしょ。……あなたの隣にいて、別に、変にアンバランスとか……ないよね?」
 暗いんじゃない。刀也さんは照れていた。さっきまで微塵も見せていなかった感情だから、咄嗟に分からなかっただけで。伏見から見て、勝手にないものと思い込んでいただけで、刀也さんは、なんでなんだよ、ちゃんと照れていた。
「それにっ、自分でできるようになればさあ……対等であれる部分ももちろん増えるしさあ……相手に合わせたかったら勝手にそれっぽくできるじゃん。選んでもらってる立場だったら、お揃いにしたいですと要望提出しないかぎり合わせらんないけどさ、自分で自分の手綱握ってる分には自分の匙加減一つだからさ、ガクくんと、……ガクくんと」
 すっげえ身振り手振り。大袈裟なくらい大きなそれが、だんだんしゅんしゅん萎んでゆく。声量と一緒にもごついていく。ああ、いたわしい、いじらしい。抱き締めでもしてしまいたいよ。どうして。
「……オ、レと合わせたいって思ってくれたの?」
「…………悪いのかよ」
「いやっ! ……ぃや……」
「……」
 無言でふくらはぎを蹴られてる。痛くない。でも心がひりひりしてしまう。伏見が変に言い淀んだみたいになってしまっているから、それは、不安にさせても、拗ねさせてしまってもしようがないんだ。甘んじて受けようとするまでもなく、この刺激は伏見にとってあまりにも甘かった。
「……嬉しいよ。ほんとに、あんまり嬉しいから、びっくりしちゃって言葉出てこなかった」
 ごめんね、と伏見が口にしたタイミングで、刀也さんは漸く顔を上げてくれた。あぁもう、ほんとうに、どんなときだってその目はいちばん綺麗なんだから。
「キミがそんなふうに思ってくれるのも、そう言ってくれるのも、実際こうやって頑張ってくれたのもめちゃくちゃ嬉しいですよ。それに、刀也さんがオレといることを一人の時間にも考えてくれてたっていうのが何より嬉しい。……え、ほんとに嬉しくなっちゃった。いいの?」
 何がだよ、と刀也さんは噴き出した。伏見としてはだいぶ真剣な確認だったのだけれど。そう思ってなおも神妙な顔を続けていると、気付いた刀也さんは余計に笑ってくれた。
「いいよ」
 笑ってる所為で赤らんでる顔が、じっと伏見を見上げてそう答える。きっと冗談なんだ。伏見は思う。それでも、その綺麗な目があんまりにもひたむきだから、それを深くで受け止めてしまう自分を否定できずにここまで来たから、そして何よりも、それを許されている、どころか望まれているという尊大な自負を与えられてやまないから、ふしみは、伏見は。
「刀也さん大好き」
「今更〜」
「何回だって新鮮にそう思ってるんですぅ! ……ね、とやさん。本気で好き。オレ刀也さんの隣にいられて嬉しいよ」
「…………うるせぇ!! いつまでこんなとこで突っ立ってんだ早く行くぞオラァ!!!!」
「声でか……やめなよぉ〜」
 熱り立って歩き出した刀也さんに、道違う、こっちだよ〜と彼が行くのと真反対の方向を指して導けば、ぎゅんっと振り返った刀也さんは怖るべきスピードで駆け戻ってきた。
「ふしみぃいいいい!!!! よくもぉ!!!!」
「わはははははっ!!!! なんでだよ!!!!」
 理不尽な怨嗟を吐きながら勢いそのままに飛び込んできた身体を、無雑作にあしらうそぶりで、伏見はゆるく、少しの間だけ抱き締めた。

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