青三色

あかるくてあめがふる

 小学校一年の頃のことだ。同じクラスのひっちゃんが、帰り道で傘を差しながら「狐の嫁入りじゃあ!」と言ったから、それで晴架は初めて、昔に絵本で読んだ〝狐の嫁入り〟が天気雨のことだったというのを知ったのだ。
 明るくて雨が降るので、今日の晴架も傘を差している。けれど、今日の雨はあのときみたいに、真っ青な空からいきなりシャワーみたいなのが降って来てきらきらしているのではなかった。もう夕方だから、ちょっと暗い。小学生が帰っていたのよりも遅い時間だから、ちょっと暗い。
 秋口にしては暗くて、天気雨と言うには暗くて、でも、朝から降り続いていたにしては、ここに来て少しだけ明るいのだった。
 傘をちょっと上げて見たら、銀色の雲はなかなかに捌けて、灰色の空の素顔がそこそこ広がっている。なるほど確かに明るい筈だと思う。彩度が極端に低いから〝お天気〟とは咄嗟に見えないけれど、空全体に占める雲の割合はざっと四割といったところで、定義的には余裕で〝晴れ〟ている。
 ……まあ降水がある時点で〝雨〟なのだけれど。
「……さむ」
 晴れていればまだ暑いくらいの季節なのに、今日はずっと雨だったからか……それとも、もう暫く雨の中をぼんやり歩いているからなのか、少し冷えてきた。
 ……ほんとうに、寒いくらいにさみしいのはただ湿気に触れた身体だけのことだろうか?
「……」
 晴架は青い傘を少し下げた。ローファーは家の靴箱に置きっぱなしで、代わりに紺色のレインブーツが、アスファルトの表面に薄い波紋を作っている。相合傘には赤い傘がおすすめ、とはどこで聞いたのだったか、一体それがどうしたというんだろう。晴架は自分で選んだこの色を気に入っている。……晴架の好きな色だから。
 晴架は雨を嫌いなわけじゃない。けど、晴れた青空みたいなこの色が、暗い雨空の下にぱっと咲くのも、……それが自分を冷たい雫から守ってくれるというのも、すごく素敵だと思ったのだ。いつでも、この色を見ることができたら。雨が降っても、この色を近くで眺められたら。この色が、傍に、いてくれたなら。
 傘の中に落ちる青い影は、けっしてブルーな気分の投影なんかじゃない。この色は、晴架を守ってくれる色。どこまでも傍にいてくれる色……
(……とどかない、)
 青は、様々な色の中でもいちばん遠く見える色らしい。人間の目の仕組み上そうなんだそうだ。
 だとしたら、狐の目には何がどんなふうに見えているんだろう。晴架のことは、何色に見える?
「……」
 今、ほんとうに、抜けるような青空に霧雨が輝いたとして、あのひとの隣にいられるのが自分だとは限らないのに。
 いや、きっと、あのひとは晴架をそんな場所に置きやしないのに。
(……、……)
 それでも、さみしい、し。だから、好き。だ。
 晴架が今、本気で呼んだとしたら、きっと一も二もなくすっ飛んで来てくれるくせに。こんなふうに、晴架をひとりにしておかないで。いつもの何倍もかけてゆっくり歩いて、無駄な回り道を幾つもして、行こうかどうしようか迷っていた足は、結局、自身の家路へのろのろと乗った。雨の日に山道を登って行くと、すごく心配されてしまうのだ。心配くらいどれだけでもしてくれればいい、と思わないことはないけれど、今の晴架には少し、大人が子どもに向けるその無償の庇護を真っ向から浴びるための勇気が、足りなかった。

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