ゆらゆら、ふらふら。
「ネロ」
朝のまどろみに溶けている、意識が彼の声でかたちをもちはじめる。
……今朝も。
白い光に、そっと目を開ける。ぼんやりとして、生まれたてのような視界の中で、それでも、彼の瞳がわかる。
「ネロ、おはよう」
彼と同じベッドで、揺蕩う。まだ曖昧な意識。ネロ、ネロ。ネロ……。ネロは、ネロを拾い集める。目の前の彼に、添い寝をしたまま慎重に手渡してもらっているように、寝起きの頭でも、ゆるやかにでも、惑うことはなくこなしてゆける。
ネロ。
――ネロがどんな形をしているのか、ネロには未だにわからない。
それでも、彼の隣にいるとき、ネロはひとつの〝ネロ〟になった。
彼の声が呼ぶ度、見えない輪郭をそっとなどられるみたいにして、ひとりのネロがかたちづくられていく。愛しい彼の声で、目で、手で指でもってかたどられるそれは、なんだかネロらしからぬ優しさをもっているようで、とてもやわらかいものであるようで、あたたかいところで大切にされる存在であるようで、それはそれは変なものだった。
こんなネロは、ネロの目から見てもとてもいいものであるように思われた。ひょっとすると、こんないいものが自分であるのなら、自分のことを自分で好きにすらなってしまえそうな、そんな気さえしてくるのだ。
――本当はそんなんじゃ、ねえのに。
俺は、と、言いようのないそれでいて馴染み深い罪悪感に、押されて開いた口の筈だった。
けれども舌の上を転がり落ちたのは、掠れた朝の挨拶で、それはもう思わず自分で拍子抜けして幽かに笑ってしまうほどの、甘ったるく掠れた朝の挨拶で、
「おはよ、……ファウスト」
受け取った彼が光の中で、擽ったそうに、あるいは呆れたように、つまりはひどく愛おしそうに笑い返してくれるから、まぼろしでもなんでもいいじゃないか、とネロはあっさり思い直したのだった。
彼が愛しんでくれる形が、どうか俺の正体のひとつであったらいい。ほんものでなくてもいいから……どうか、どうか、その形が、俺だけが彼だけにつくりだして見せることのできる幻であったのなら。
俺はその幻をもう少し生きていたいな、と、今朝もまたそう思い直してしまうのだ。
どうせ恋だから夢でもいいんだ
