「おはよう、騎士さん」
「おはようネロ。……」
「……? どうした?」
「いや……食堂に来る前ファウストを起こしに行ってきたんだが、返事がないんだ。いつもなら、顔は見せなくても挨拶くらいは返してくれるのに。……なにかあったのかな」
「……あー……。……いや……いや、大丈夫……なんじゃねえか?」
「そりゃあ確かに、寝てるだけかもしれないけど。でも、今までに一度もなかったんだ。ドアを破っちまうぞーって冗談言っても、まったく無反応なんてことは……」
「いや! いや、……その、ええーと…………だ、大丈夫だって。本当に。ええと、俺、会ったんだよ、今朝。たぶん、あんたがあいつの部屋に行く前」
「えっ、そうなのか?」
「あ、ああ。うん。そう。えーと……確かにちょっと、疲れてるみたいだったかな? あんまり眠れなかったのかも。外の空気吸いたいって言ってたから、その辺、散歩でもしてるんじゃないか」
「ああ……なるほどな。そういや、昨夜は少し蒸したよな。ファウスト、湿気とか熱気とかに弱そうだ」
「そ、そうだな……」
「けど、そんな状態であまり出歩いて大丈夫なのかな? まだ帰ってきていないんだとしたら、どこかで倒れたりしていないか心配だが……」
「あー……いや、流石に大丈夫だろ。なんなら、俺が後で探しとくよ。適当なところで引っ捕まえて、なにか食べれそうなもの食わしといてやるからさ。騎士さんはあんまり、心配しなくて大丈夫だ」
「ん……そうか……? ……確かに、俺が探し回ったところで、今日はまだ触っていないから、見つけられないんだよな……。じゃあ、頼むよ、ネロ。あまりファウストの姿が見えないと、ヒースもきっと心配するし。俺もなんだかそわそわするんだ。ファウストのこと、気配だけじゃ、俺にはまだ気付けにくいからさ」
「分かるよ。魔力強いから身を隠すの上手いよな、あの人。まあ、俺は同じ陰気な東の魔法使いどうし、なんとなく居場所の心当たりはあるからさ……片っ端から当たってみるな。はい、お待ち遠さん」
「ああ、よろしく頼む。……うわあ! 今日も美味そうだな! いや、もう美味い! 見た目と匂いだけで完全に美味い! 流石ネロだな!」
「はは……毎朝毎朝、そんなに感激してもらえるようなたいそうなメニューじゃなくて悪いけど」
「なに言ってるんだ! 毎朝毎朝、新鮮に感動できるからすごいよ。ネロの料理がこんなに日常的に食べられて、俺たちはみんな幸せだ。いつもありがとう、ネロ」
「はいはい……こちらこそ。いつもいつも美味そうに食ってくれてありがとさん。ほら、冷めちまうから早く食べてくれ」
「ああ! いただきます!」
「ネロ、いるよな?」
「いるよ、おはよ騎士さん」
「おはよう! なあネロ、今朝はファウストに会わなかったか? また部屋にいないみたいなんだ」
「あ、……ああー……ええっと……うん。……ていうか……えーと……あのさ。こないだは言わなかったけど、……そういうときあいつ、俺の部屋にいるんだ。だから、ちゃんと安否の確認は取れてる。心配する必要はないよ」
「えっ、ネロの部屋に? それは、確かに安心だが……。でも、そんな朝早くからっていうと……なにか、困ったことでもあったのか?」
「いやいや、そうじゃないよ。前の晩から二人で飲んでてさ。偶に、あいつがそのまま寝落ちちまうときがあるんだ。それでそのまま泊めてやってる。……悪いな、ほんとはこないだも、そうだったんだけど……でも、あいつはそういう失態、人に知られるの嫌がりそうだろ。だから、あいつのこと心配してたあんたにも、ほんとのこと言わなかった。ごめんな。
そういうわけだから、できればなんにも知らない振りをして、ゆっくり寝かせといてやってくれると嬉しい」
「なあんだ……そうだったのか! いや、俺もそうとは気付かなくて、いろいろ聞いて悪かったよ。大丈夫、他言はしない。ファウストが無事なら、それでいいんだ」
「あんたが謝ることはないよ。あいつのこと、心配してやってくれてありがとな」
「あっはっは! どういたしまして。ファウストとネロは、本当に心を許し合ってるんだな。二人が仲良くなれて、なんだか俺も嬉しいよ」
「はは……賢者さんみたいなこと言うね」
「そういえば賢者様、まだ来ないな。ファウストの部屋に行く前に声かけてきたのに……あと五分ーって、もうとっくに経ってるよな?」
「あんた、そんな早くから全員起こして回ってんの」
「全員じゃないぞ。ネロの方が俺より早いし。リケとオズと、いるときはアーサー様と、あとは特に寝汚そうな何人かだけだ」
「……寝汚そう……」
「はは、それは冗談……でもないんだけどな。ほら、俺は触らないと相手が見えないから、なるべく朝のうちにみんなに会っておきたいんだ。でないと、擦れ違った筈なのに気付けなかったら淋しいし、相手が困っている姿も見つけられなかったら我慢ならないだろ。特にファウスト! ネロもこのあいだ言っていたけど、あいつの気配は本当に分からない。俺の修行が足りない所為もあるが……」
「あはは、騎士さんはまだ若いしな。それに比べて、あいつは元々魔力が強くてセンスがいいうえ、引き籠もりのプロだし。俺も漸く最近、あいつの気配を拾えるようになってきたところだよ。――。
ほらよ、お待ち遠」
「そういうことなら、望むところだぞ!
……わあっ、やっぱり美味そうだ! 食べる前から美味い! 今朝もありがとう、ネロ。おまえと生きられて、俺は幸せだ!」
「はいはい。感動してもらえてなによりだけど、できれば食べてからちゃんと喜んでくれよな」
「ああ、勿論だ! いただきます!」
「はいよ、召し上がれ」
「――だから、〝あんたにもあと数百年はかかるぜ〟って言っといた。それまではどうぞ、寝汚い引き籠もりの部屋のドアを、朝毎に叩いてやってくれってな」
「勝手に許可を出すんじゃない……。おまえは僕のなんなんだ」
「こうやってあんたと寝ることを許されてる、一応、恋人、……かな……」
「……微妙に照れるなよ。僕まで居た堪れなくなるじゃないか」
「なあ、けど実際、そんなに嫌じゃあないんだろ」
「カインの早朝爆音目覚ましが?」
「うん。……うん……あれ、ひょっとしなくてもだいぶ嫌?」
「まあ、……そこまでではないよ。大体、僕はそんなに寝汚くなんてない。彼が部屋に来る頃にはいつも目が覚めてるし、身支度も終わってる」
「それはカインも分かってるみたいだったよ。返ってくる挨拶が、寝起きの声だったためしがないってさ」
「……はあ。……彼にも、だいぶ気を揉ませてしまったみたいだな。それはそうだ、自分の目にも見えない、気配も捉えることのできない、得体の知れない存在が自分の居住空間にうろついているなんて……有り体に言えば生きた心地がしなかったろうし、端的に言えば随分苛ついたことだろう」
「そんなこと考えるやつかねえ」
「僕は呪い屋だぞ。寧ろそれくらい警戒してもらわないと困る。騎士だというのに、あの子はそういった危機感がなさすぎるんだ」
「ふは、……そうさねえ。ま、それがあいつの美点だろ」
「まったく……。……それにもう一つ。今じゃそこそこ朝食の時間にも顔を出すようにしてる僕を、未だに以前のように、毎朝毎朝訪ねてきては、明るく声をかけていくようなところ。
――それも、彼の美点の一つだね。ざっくばらんで豪快ではあるけれど、律儀な、いいやつだよ」